4garo on web


歴史と殿堂


INDEX

  1. 美登一路

  2. サルたろう

  3. 海宝正毅



★4コマGAROとは?

 月刊漫画「ガロ」の読者参加の投稿コーナーとしては、お便りを掲載する「読者サロン」→現「ガロッキングチェア」が今でも続いていますが、ビジュアル系の参加型コーナーは、「勝っちゃんのドンといってみよう」略して「勝ドン」が1976年6月号に、当時の編集部員・南伸坊氏の手によって始められました。パーソナリティの退社などによって手塚能理子の「のりマン」、山ノ井靖の「のい礼」「のみ礼」、そして88年から白取千夏雄の「4コマ画廊」が現在まで続いています。
 当初この「4ガロ」は読者に「イラストでも4コマでも何でも送って下さい」と呼びかけたところ、4コマの投稿が多かったので、読者サロン内に数点掲載したのが始まりだったと思います。ところがだんだん応募点数が増えていき、正式に連載コーナーとして定着しました。当時読者の投稿はせいぜい十数枚だったのが、4ガロはスタート当初で30枚を越え、一時は百枚を超える時期もあるくらいの人気コーナーに成長しました。
 94年、60回近くになった頃、座間市のI君(本人の希望により仮名)という読者が、第0回から全ての回をコピーして、豪華な手製の限定版(5部)を作って、贈呈してくれました。今回WEB上で殿堂や名作コーナーを展開するに当たり、資料として多いに活用させて頂いています。改めて、御礼申し上げます。…その時に依頼されて書いた解説文から少々抜粋します。
『…私が読者サロンを担当していたその当時、いつも思っていたのは、皆さんから送られてくるお手紙や葉書の中に添えられているイラストに、毎回かなりいいセンスのものが多いという事です。これを何とか誌面で紹介できたら、というのが「4コマGARO」を始めた最大の理由でした。もちろんその中から本誌でデビューしてくれるような才能を発見できたら、という編集者根性もあるにはありましたが、とにかく他の読者の方々にも見て欲しい、という事が一番大きかったと言えます。これは勿論今でも変わっていませんが。 (中略)この50回以上におよぶ連載の中からは、こちらの期待通り本誌入選を果たした方も登場しました。谷嶋彰義、宮上朋子(ホトリ)、紺野遊児といった方々、また他誌でデビューした方には遊堂いずる、キサモリクニヒコ、根本和也、飯田健司他。また「ガロ」の作家でも石川次郎氏や望月勝広(現・逆柱いみり)氏などが参加してくれました。(注:近年だと古屋兎丸氏も)
 しかし、そうした例を見るまでもなく、別段作家を目指す訳でもなく、デビューを目的とした訳ではない投稿者の方々のキラ星のような才能、これが何といっても毎回私自身コーナーを編集していてワクワクさせられるものでありました。中でも前述の方以外に安田恵理子、古山啓一郎(現当デジガロスタッフ)、サルたろう、海宝正毅、美登一路といった面々は今見てもその才能には脱帽、であります…(後略)』
 現在、月刊漫画「ガロ」誌上で80回を超える長期連載になった「4コマGARO」。96年から私がツァイトに移籍するのに伴って、古山君と二人で毎回ゲラゲラ笑ったりウームと唸らされたりしながら続けています。当デジタルガロの開設と共に、「4ガロ」もWEB展開する事になった訳ですが、ゼヒ往年の名作を見て欲しい! そんな思いから殿堂・名作コーナーを設ける事にしました。…カタくなりましたが、けっこう時事ネタを採用しなかったんで、要するに面白い作品は今でも全然面白いんですわ。自分たちの記憶の中だけで楽しんじゃいけない! ぜひ見て欲しい! そして送って欲しい! お願いします。
 とまあ、97年までの序文はここまで。
 ガロも休刊−復刊−休刊−再復刊と、いろいろありましたが奇跡的に甦って現在に至りますね。2000年からは4ガロもリセットして1回からスタートということにしました。まだまだ往年の師範ちゃんたちの群雄割拠という状況には至りませんが、新たな才能が早くも誌上を席巻(?)しとります。
 ムカシと違って今はインタネ全盛時代、このwebもガンガンやらんとアカンのですが、いかんせん金にならないこと、つまり趣味に時間をさくことがなかなかできないワケで、そこんとこが更新停滞の最大のネックになってます。ブルネイの国王とかが「ふーん、じゃあコレあげるよ。」つって25億円くらいくれたら、毎日更新するんですが。
 阿呆な話はさておいて、マイペースでゆるゆると更新します。


 2000年7月号の月刊ガロで「4コマGARO」は連載終了しました。現在ある月刊ガロ「4コマGARO」コーナーには、私は一切関わっておりません。この経緯はこちらを参照下さい。

白取チカオ(デジタルG編集長)
白取特急