「漫画の水先案内をするような仕事」
----ここからは漫画の話に入っていきますが、講義では、先ほどもおっしゃっていましたが、手塚治虫以外の漫画史と漫画の産業的な側面のお話でしたよね?
鶴岡▼ええ、これは講義でもいいましたけど、ミュージシャンのLPにはエンジニアとかプロデューサーの名前がつくじゃないですか。なにゆえ漫画は作者の名前しか乗らないのかと。編集者とかアシスタントとかの名前を載せるべきではないかというのが僕の最近唱えてる説なんですけど。担当編集者が誰になったかっていうのは実は出版の暗黒部分に関わるんですけど漫画においてはすごく大きいんですよ。昔ジャンプの編集者だった西村さんの『さらば、わが青春の『少年ジャンプ』』という本がありますが、あれは数少ない編集の側から見た漫画史ですよね。そういった部分の側面っていうのも押さえるべきではないのかと。やっぱり漫画評論の方って、まぁ僕の同業になっちゃうんですけど、そういう方ってのはやっぱ作品として取り上げることが大きすぎるのかな。作家性は重視すべきなんだけど、重視しすぎなんじゃないかなっていう疑問があって。
----海外の漫画だとそういうことはないんですか?
鶴岡▼いや海外の方が遅れてますよ。海外の方が進んでる漫画ってのはあんま無いですね。日本でかなりありとあらゆるパターンを出し尽くした感があって。まぁアメコミってのがちょっと独自のノリになりますけど。たとえば新大久保であるとか上野であるとかで海外、特にアジア関係で漫画を買うと、ふきだしとかタイトルがその国の文字であるだけで、着てる服が微妙に違うとかだけで、もう全然日本の漫画と絵がかわらないんです。日本の作った漫画のパターンってが世界に浸透し始めているっていうのは大きいですね。ここはちょっと明確に分けたいんですが、日本は漫画作品の質は世界一です。漫画産業の質はアメリカに負けています。ディズニーが無いじゃないですか。なぜ日本の漫画の神様である手塚治虫が会社を潰すんですか。ディズニーはつぶれたこと無いんですよ。手塚さんは一回潰してるんですよ。そういうの見てると商売は下手ですね。漫画家と優れた経営者が手を組むっていうパターンがあんまり無いという部分があって。手塚さんの失敗って言うのは、かなり実は大きいんじゃないかと思いますね。
----それはこれから変わっていくということでしょうか。
鶴岡▼うん、あの藤子F先生がちょっと侮れないなと。亡くなってからもドラマが終わらないじゃないですか。あれってちょっとスーパーマンと似てる状態なんですよね。スーパーマンの作者って大量にいるんですよ。で、もうすでに藤子先生は実はもうアシスタントの方であるとかそういう方にかなりの数ドラえもんを大量生産させてるじゃないですか。『小学1年生』から『コロコロ』まで全部に載ってる。そういうことによって『ドラえもん』を大量生産し続けたんですよね。産業的な部分で。やっぱりいっぱい出たものって社会を動かす力を持っているんですよ。質の優れたものも確かにそうですが、量が質を超えてしまうこともあるんですよ。
----なるほど、では手塚治虫以外の漫画史というのは?やはり手塚治虫があってのカウンターと言うことになるわけですか。
鶴岡▼うーん。というか手塚先生が全部作ったと思い込んでる人が多すぎるんで。それは逆に歴史認識としてちょっとずれがある。手塚先生というものを相対化させて、手塚先生以外にも頑張った人達を評価しようと。正伝に対する外伝のような。
----漫画史の中でやはり正伝に位置する、いわゆる正統的漫画史ってのは実はまとまった形では、ちゃんとないんじゃないかという気がするんですが。
鶴岡▼講義の時の学生さんとかは漫画が好きって言っても、それはなんか子供んとき読んだジャンプに載ってたこれが好きとか、レポート見てもそうなんですよね。その人達にまず、手塚というものが正統として認識されてるいるかという所から始めないといけなくて。確かに正伝は話としてはあんまり面白くないんですよ。外伝のほうが絶対物事面白いんですから。でも、あれやっとかないと外伝が映えないんですから。だからさっきいった正統の人にがんばってもらわないと。僕異端だからっていう。今その正伝の柱を作る作業がうちの師匠であるとか夏目さんとか、あと呉智英さん、あの辺が今、最前線かな?あとコミケの米沢さん。米沢さんですね、僕が今一番その辺で本当に正統いけるかなって思ってるのは。自分ではできないって思ったんですよ。やっぱり僕の読んでる漫画の量が少なすぎると、そして生きた時間も短すぎる。
----漫画評論の人って間がないですよね。夏目さんとかのいわゆる大御所と、若手との間の。
鶴岡▼そうなんです。僕等とか、『漫画地獄変』で書いてる吉田豪さんとか大西祥平さん、宇田川岳夫さんですよね。まぁしょうがない、結果的にそうなっちゃいましたね。だからあまりにも米沢さんとか大きすぎたんじゃないかな。僕なんか逆に、もう雲の上の人だから、もう悔しくないんですよ。米沢さんくらいになっちゃうと、もう偉大な先輩になっちゃって。逆にうちの師匠や今の米沢さんくらいの年になったら、もうちょっとちゃんとした位置にいけるようになろうって。その時まではがんばろうくらいの気持ちになっちゃうんですよ。僕らは中学くらいにあの人たちの書いたものを読んで育ってきたから。そう、だから、米沢さんが正統をやって、で、今度、言葉悪いけど裏の正統っていうのを唐沢俊一が作って、あとそれを補完するかたちで呉智英さんであるとかが、こうガチッといくんじゃないかなと。
----ええと、少し話が大きくなりますが、今の漫画って面白いんでしょうか?80年代の『ジャンプ』が一人勝ちしていた頃の熱気みたいなものは、一つ落ち着いた感がありますが。
鶴岡▼今の漫画って言うと広いですけど、やっぱ雑誌一冊買えば一個か二個は面白いのありますよ。逆に今はメディアの熱気とか何が起こるかわからない勢いって言うのは『ヤングマガジン』が引き受けちゃってるでしょ。古谷実はかいてるし、『ドラゴンヘッド』はまだ終わらないし。ヤンマガはね、短いギャグマンが全部優れてるんですよ。「ユキポンのお仕事」とか。それで同時に、あんまり周りの人はとやかく言わないんだけど僕は「極東学園天国」とか「莫逆家族<バクギャクファミーリア>」とか、かなり語り尽くせる漫画多いんですよ。だからちゃんと目は通してますけどね。できる限り。勢いありますねヤンマガは今。何でもありかよ、おまえらはってくらい。さすがに一時期に比べて落ち着いてはいますが少年誌が漫画においての最大公約数的なものであることは確かですよ。あと少女漫画誌と。最近はコンビニで売ってる雑誌って言うのが、すごい象徴されますね。あれがやっぱセンターをガッと作る。その中から姉妹紙が周りを囲んでてどんどんどんどん広がってくっていう。で、なんかずっと向こうには『COMIC CUE』とか『ガロ』とかがあるんですけど。はるかかなたに。
----漫画もこのまま文学みたいになっていくのではという気もするんですが、そんなことはないと?
鶴岡▼それはね、出版社が許しませんよ、編集者および出版社が。もう文学よりしっかりした制度ができてますから。だから文学がだめになったっていうけど、逆にどうですか、編集者がしっかり頑張ってる、推理小説とかちゃんと京極夏彦とかでてきてるじゃないですか。編集者が産業としてちゃんと動かそうとしてるからです。だから企画屋さんってのは確かにこれから必要かもしれないですよね。あと、すごい編集長とか。別に表に出てどうこうっていうじゃなくて、『ガロ』の長井勝一さんみたいに。ととにかくいろんな漫画家集めてきて、確かに一般誌では受けない、でもなんとなく、ひょっとしたらという作家だけ集めて本を作る。だから『COMIC CUE』も『ガロ』もなきゃまずいんですよ。ジャンプもなきゃいけないけど。やっぱそれはお互いの住み分けでね。どっちが偉いとかそういう物じゃないじゃないですか。
----漫画が好きな人じゃなくても読む、講談社・小学館と、あとその集英社ってのがありますよね。で逆に漫画好きじゃないと読まない『ガロ』だとか、あるいは『キャプテン』であるとか、『キャプテン』はもう無いですけれど。さっきの『COMIC CUE』だとか。それで棲み分けというか、読者が分かれてしまっているという印象があるんですけども。
鶴岡▼うん、あるある。それはだから世界が大きいからですよ。それは例えば、東京に住んでる人で、武蔵野に住んでる人と、江戸川に住んでる人、すごい遠いじゃないですか、それと一緒ですよ、どっちが江戸川でどっちが武蔵野かよくわかんないけど、広いんだもんしょうないですよ。それに細分化した細分化したって言っても、そんなに人間はみんな違わない。最後は人間ですから。おんなじ物はまったくないですけど、同時に……なんか変な言い方ですけど、同じ物なんですよ。ただその中で水先案内をするような、そういう意味での評論家や批評家の仕事は必要かな思いますね。僕、結構文学の、純文学の本とか、雑誌とか買うときに、面白い書評が載ってたらそれ買うんですよ。書評が面白い。あと、何々さんがこの人が誉めてたから買うとか。漫画でも全部読むのは大変ですよ数多いから。ねぇだって、小説だって多いじゃないですか、全部読めないじゃないですか。
----と学会を読んでてもよくもこんな、言い方悪いですけど、くだらない本をいっぱい読むよなと。
鶴岡▼うん、と学会もあれは住み分けなんですよ。僕はUFO関係の本って5、6冊しかもってないんです。それはだって清水和夫が居るから。聞きゃわかるから。唐沢さんが言ってるけれど資料とか買う時に文学全集って後に回しますよ。やっぱ雑誌とか、どうしようもない単行本とかが優先で。全集は図書館でも読めるんですよ。目録でしょっちゅうでるんですよ。ただ一冊なんかどうしょうもない、ぽこって出たやつとかは、あの辺はきりないんですよ。やっぱり資料として集めてくるんだったら、この人が居るから大丈夫だろうっていうのを、そのコミュニケーションを作っとかないとまずいですね。
----この漫画読みたかったら奴に聞けばあるからいいや、とか。
鶴岡▼そうそうそう、ありますね。そいつんち行けばいいやとか。だから一番大事なことていうのはあれかな。ちょっとだけ話があって、まったく同じじゃなくて、共通点が若干ある友達を沢山作ることが一番大事じゃないかな。学生さんにとって。切磋琢磨できるし、いい友達をもてっていうのはすごく当たり前のことなんですけど。そうやってお互いの情報を補完しあえと。そういうことが、でも一番大事なんじゃないかなぁ。生きてくうえでは。ベタになっちゃうけど。
----最後に表現芸術系の学生にひとことお願いします。
鶴岡▼とりあえず考える前に書けってことですよ。やっぱり最初に考えちゃう子多いでしょ。あとこれ書いたらどうなるんだろうとか、これでどうやったら評価されるんだろうとか。そんなこと考える前に書け、動けと。普通野球選手はここでホームラン打ったらどうしようとか考えない。とりあえず来たら打て、打つのがバッターだ、そして当たらないように投げるのがピッチャー、来たらとるのが守備っていう。それといっしょですよ。僕は最近だけど原稿、書いてて楽しいですよ。つらいけど、つらい反面。やっててね、楽しい。ライターとかなりたいんだったら普通の人間の快楽は捨てよう。普通に結婚してとか。例えば一日八時間寝るとか。年に一回旅行行くとか。そういうことは考えるのよそうよ。やっぱ何も考えずに書こうよ。書きたいんだったら。絵が描きたいんだったら何も考えずに描く。とにかく何でもいいからやる。やれるだけやれば何か一個くらい形になるよって。やる前から考えないほうが、あんまりあーだこーだ、どうなるとか。変に考えると逆にそれがなんでもなかった時、ショックが大きいし。僕の生き方だとそういう結論ですね。
----今日はどうもありがとうございました。
(99年10月25日、西部池袋戦・石神井公園駅前の喫茶店にて)
