デジタルG編集長日記
2000−2
長島監督は永世監督にすべきである。同時代に生きた者の幸福を、皆もっと認識せねばならない。…んじゃないかい?
2月某日
青林堂で編集会議。4月号の特集の打ち合わせで、ライターとして参加する“支部長”と恵比寿でおちあう。ルノワールでサンドイッチを食いつつ漫画やガロの話などいろいろ話して、大和堂へ。次号の特集内容に関してはちょっとまだアレですが、支部長の役割は都内某所への潜入取材である。乞うご期待。
3月号が出来あがっており、見せてもらう。ヌード特集ということでカラーグラビアも豪華だ。それにしても最近はモデルの子も可愛いっすね。昔…つーか我々のガキの頃といったらもう(涙)。中学生の頃なんかなまじ生徒会の仕事やってたし顔広かったもんで、わざわざチャリンコこいで30分くらい離れたところの書店までエロ本買いに行ってたもんです。書店では他のほとんどの青少年と同じく、エロ本を堂々と立ち読みするほど神経太くなかったんでんで、もう表紙とかでイチかバチかのギャンブルでした。って何が。…でもって買ったエロ本ときたらアンタ、どう見ても30過ぎのオバハンがセーラー服着てなぜか網タイツ、みたいなねえ。アイシャドー真っ青、とかねえ。何でアンタそんなに肌荒れてるわけぇ?みたいなねえ…。
可愛いといやぁ近頃は日本人の見た目の美しさというか体型も含めて、ずいぶん変わりました。見た目でモンゴロイドという子は少なくなったし、そこそこ可愛い子が増えたように思う。となると戦前の写真に出てくるようなあからさまな旧日本人、という子は差別を受けないか心配してしまう。この新日本人と旧日本原人の分かれ目がちょうど俺らの世代+−5歳ぐらいですかねえ。もうちょっと下になるともう頭小さいし背は高いし、足が長い。俺らの世代から上はひどいもんです。だいたい背が低いし、仮にタッパあったとしても足は短い顔デカいだから、バランス悪いこと夥しいわけ。何か悲しくなってきたなぁ。
2月某日
97年の、青林堂クーデター事件当時の荷物を整理していたら、おもしろいものがまぎれていた。
事件当時の青林堂役員及び社員全員の給与明細のコピーである。驚愕した。
6月分、とあるから、もちろん俺が退社してツァイトに移籍した後のものだ。そしてクーデター一派が事件を起こす直前のものだ。これは大変なことです。…ま、これ以上は今のところは言うまい。
2月某日
ジャナ専の2回生たちと高田馬場でお別れ会。生徒のIさんが仕切ってくれ、一次会は駅前の白木屋を予約してくれた。集まったのは主任講師の上野先生、校正の梶川先生も含めて20数名ほど。中途で病気のために退学を余儀なくされた子や、リタイアした子にも声をかけてくれ、懐かしい顔も揃った。生ビールのみ10杯ほど。
その後カラオケへ移動する頃には、ちょうどすごい雪になっていた。日中は暖かかったのでコートを着て来なかったため、大変なことになってしまった。上野・梶川両先生はそこで帰宅し、カラオケルームに入る頃パルコさんが遅れて到着。一、二曲ほど歌うが順番が回ってこないわ最近の歌はわからんわ。二部屋になっていたが、延長を機に帰る子らもいるというのでのでもう一部屋へ合流する。そこでパルコさんのガロ(4月号)のネームを見せてもらい、11時頃まだ歌っている一部の生徒を残して、パルコさんと最初の部屋の分を清算して辞すことにした。山手線のホームまで帰る生徒2人と一緒に行き、握手して別れる。この後は卒業式だが、その時期になると来ない者もおり、何人とお別れが出来るかわからない。毎年こういう時期になると、こうして別れが繰り返されるんだなあ。