デジタルG編集長日記
2000−7

「クイズミリオネア」、いいのかそんな問題で1000万も。
7月某日
 プレステの『トルネコの大冒険』に半年ぶりぐらいにまたハマる。仕事が混んでるのにマズい…。チュンソフトオリジナルの「不思議のダンジョンシリーズ」、スーファミ版トルネコ、シレンと名作を続けてリリース、いずれも今でも遊べる稀有なソフトだ。その後プレステでスクウェアと共同で「チョコボの不思議なダンジョン」を出したが、チョコボの可愛いさはともかく違う方向にズレた気がして中途で放置。んで満を持した感のある「トルネコ2」、やっぱこれだぜ! という感じ。自分のようなのめり込み気質の人間にはコツコツと武器や防具、アイテムを集めたりそれらを合成したりという作業は向いていると思う。それゆえにハマる、というわけで…マズい…
7月某日
親戚が車で来たので、乗っかってメシを食いに行く。そのあと一人で三田線−浅草線で五反田、某誌の打ち合わせをして、山手線で池袋。ここでバス停前のパチンコ屋で「寿司屋の大将」、4回出すが吸い込まれたりで結局5kで14kバック。連れ合いに電話すると、やはり坂上でパチンコやって同じく9k儲けたとのこと。パチンコ屋を出ると雷雨。バスで帰宅した後、夜に当サイトのサーバー移転完了。移転には時間がかかったが、cgi関係はさっくりジョン氏の尽力で助かった。
7月某日
昨夜眠れずにトルネコ。「もっと不思議のダンジョン」、いつもは超難関なのにこういう時に限って深くまで進める。51階で死ぬが朝4時頃までかかった。俺は阿呆か。それでも今日は午後に意を決して、猫3匹を連れて浮間公園へ。引っ越す前のアパートに巣食っていた小型のゴキブリが荷物に混入していたらしく、それが増殖。台所の上にあるトビラを開けるとボトボトと数匹落下してくるようになり、さすがにゴキ退治のバルサンを炊くことにしたのだ。猫三匹だが、ガキ大将のシマは家での態度はどこへやらで脅えて箱に隠れて震えていて、一番賢いマルは事態が解っているのか、バッグの中で諦めて丸くなっている。マイちゃんだけは堂々としており、テクテクと公園を徘徊。連れが病院へ出かける間、一人で公園に座って猫の番。ライターを忘れてタバコも吸えず。
7月某日
朝8時前から隣の工事、トンカントンカンやかましいので起きる。朝飯を食べて、ソファでうとうとする。眠かったが、今日は学校のゲスト講師に前にお願いしていたコミックCUEの堅田さんが来る日だ。支度が遅れて慌てて出る。何とか1分遅れくらいで学校に着けそうだと馬場を歩いていると、偶然自転車に乗った堅田さんと会った。講師室へ行き落ち着いた後、生徒に書かせるアンケートを教え子M君に回収させ、人数分コピー。この作業が意外と大変で、結局30分遅れで講義開始。堅田さんはいろいろとコミック編集についてよく話してくれて、感謝。質問なども受け、なごんだ頃にチャイム。終了後堅田さんと生徒5人で飲みに行くことになり、駅周辺をうろうろしたが、何せ4時半なのでなかなか開いてる飲み屋はなかったが、養老の滝(なんと2時から開いてるという)に入る。二階の座敷に陣取り、漫画の話などいろいろ。途中から堅田さんは酔っ払ってしまい、次行こうということになったが、僕は仕事があるので残念ながら帰る。店ではY君の漫画のネームに意見したりカウンセリングみたいなことしたりで、疲れた。会計は堅田さんと僕が負担。実際はあちちち、という感じだった(笑)。が、後日聞くと、その後堅田さんは生徒を連れてカラオケにまで行ってくれたそうで、恐縮しきり。お疲れさまでした。
7月某日
35th誕生日。梅雨明け。親戚が子連れで泊まっていて、朝早くに起きたらしく、赤ん坊の声で何度も起こされて朦朧。子供の声は凄いね。いつもお願いしてる蕎麦屋から出前を取った3人を残して学校へ。蕎麦屋の配達のおじさんは何ともう70過ぎだとかで、不景気で客もいないので明日で廃業するのだというのでビックリ。外へ出ると梅雨明けで36度のうだるような暑さ。学校では今日が前期最後ゆえ実習誌の原稿をアップできなかった子らを立たせて叱責(笑)。その後写植貼り教えて、4限はイラストレーター使用組を連れて第二校舎PC2教室で教える。しかしマシンパワー不足は否めない。ただでさえ激重のソフト、待ちが多く時間のロスが大変だ。学校から帰宅後、連れが誕生日だから清竜丸でも、というので出かける。実はこのところ飲んでばっかりで調子が悪かったが、せっかくなので出かける。従業員のネリちゃんは俺の誕生日を覚えててくれ、マスターが豪華な刺し盛りをサービスしてくれた。ありがたかったが、こういう時に限って調子が悪く、吐き気と腹部の膨満感がいつもよりひどい。連れにもマスターにも悪いことをした。途中ちょっと持ち直したが、早々に帰宅。ソファに横になると治る。いつものこの吐き気はこのところどんどんひどくなってきている。間違いなくどこか内臓に疾患があるんだろうなあ。
7月某日
今朝も8時前から隣の工事。何の挨拶もなく5月にいきなり物凄い大音量と地響きをたてて工事を始め、こちらが1ヶ月近くも我慢をしたが耐えかねて抗議して、初めて工事日程の説明や近隣への配慮を欠いていたと認めたパナホームよ。金儲けのためなら何してもいいんだな、てめえら大企業は。施工主の医者も、てめえの土地にてめえの金で建物建てて何が悪いという態度。であれば、てめえの土地の外には1ホンたりとも騒音を出すな。ホコリもただの一つも飛ばすな。振動も起こすなよ。そんな不可能なことを要求しているのではない。工事で近隣に迷惑をかけるのならそれを事前に知らせ、説明をしろと言ってるのだ。全くブッ殺してやりたい、と呪詛の言葉を頭の中で繰り返しながら、悶々とまたソファでうとうとしては騒音で起きるの繰り返し。背骨や腰が痛いが、寝室の真横でドンガンやってるので寝られないのだ。
7月28-31日
ひさびさに函館に連れと一緒に帰省。連れは極度の飛行機恐怖症なので、行きだけは意見を聞き入れて電車で行くことにした。新幹線で盛岡、特急はつかりで函館へ。昼の2時40何分だかの盛岡発で、函館到着は夜7時13分というやつ。ここからが長旅だ。新幹線、せめて青森まで通せ。はつかりは最初けっこう混んでいたものの、青森までには三々五々ほとんどの人が降りてしまった。
青森駅では車掌や運転手がJR東日本から北海道に変わるせいもあってか、15分の長い停車。ホームに降りてジュースを買う。ここから海峡線は進行方向が逆になるので、ガラすきになった車内の座席を回転させて、ボックスにして足を投げ出して座れるようになった。勝手な想像で、トンネルは1時間くらいだと思っていたが、徐々に青函トンネルが近づくと電光掲示板に説明が現れ、それによれば全長は確かに50数キロだが、海底部分はたった22キロくらい。だとすれば時速100キロでもたった20分で通過してしまう計算。思ったより短い。実際、陸のトンネルは出たり入ったりで、気がつくと海底に入っていた。海底トンネル内は猛スピードで騒音が激しく、耳も痛い。これがずっと続いたらかなわんなあ、と思ってるうちにすぐ竜飛海底駅付近通過、さらにすぐ吉岡海底駅付近を通過との表示。20分ほどで海底を抜けて北海道部に出た。まだ陽が残っており、徐々に暮れていく間に木古内に停車、その後上磯や桔梗を通って五稜郭駅。数分後函館に到着した頃には暗くなっていた。北海道に出てから函館までが長かった。そういや高校の頃、木古内や上磯あたりから通ってた同級生がいたのだが、今さらながら毎日大変だったろうなあ、と思う。
タクシーに「宇賀浦町のホテルかもめ」と言うと無言で走りだし、態度悪いなと思ったらたった1メーターで着いた。それで不機嫌だったらしい。自分が住んでいた昔ならもちろん距離感がわかったのだが、今は宇賀浦町なんてどこ?って感じ。着いたホテルは新しく、こじんまりとした感じで、大森浜=津軽海峡に面して建っている。部屋はこの日は一番広い部屋だった。それはいいが、海とは反対側でちょっとガッカリ。
部屋に着いて一服した後、母親に電話すると「8時半頃に店に来れば」と言うので、とりあえず五稜郭まで出てメシを食おう、ということにする。母親は五稜郭で「カフェバー」(死語)を営業している。タクシーで五稜郭の交差点まで行き、連れが「店に持っていくから」と花束を作ってもらう。花も東京に比べりゃ安い。けっこう待たされたが3000円でけっこう大きな花束が出来た。それをもって店の方へ歩くが、ダイエーの前では若者が大声で歌を歌ったりわめいたりして道行く大人を威嚇している。最初は気違いかドラッグ中毒かと思ったが、ただイキガってるだけのようだ。五稜郭の交差点はGLAYの影響なのか、ストリートミュージシャン気取りの若者が閉店した店や銀行の前でギターをかき鳴らしてわめいている。それをルーズソックスのコギャルがしゃがんで数人取り巻いて見ている。ひどく下手糞である。なんだかなあ。自分も昔ここに住んでいた頃は、バンドをやっていて学校やスタジオで練習を繰り返していた。自分らの力量は自分らが一番よく解っていて、人様に聞かせるまでには相当かかったのだが。
母の店にこの前に来たのは開店直後の5年前。さすがに道が不安だったので、先にメシを食いがてら道を聞こうということにする。五稜郭の公園通りから一本脇に入った蕎麦屋に入り、冷酒と鴨せいろ。あったかい鴨肉の入ったつけ汁にざるそばをつけて食うのだが、つゆが実に美味で、全部飲み干す。この店で目印の五稜郭タワーはどこか、とマヌケな質問。実は目と鼻の先だった。タワー方面に歩いていくと、だんだん記憶が蘇り、何とか店を発見。何だかんだで店に着くと9時を回っていた。店がカラだったらどうしようかと思ったが、覗きこむとボックス席に客が1組、カウターにも1組いた。入ってくとおふくろがさっそく「アンタ何なのそのサングラス」と、予想通りのことをいわれる(笑)。連れが花を渡すと、ちょうど飾ってた花が枯れかかってたところだと喜ばれる。客の邪魔にならぬようにカウンタの右隅に座り、生ビールを貰って世間話。何か歌えと言われたが、客がカラオケを始めたので「お客さん優先だから」と遠慮。そうこうしてると12時頃にまた客が来たので、こっちはおいとますることにした。通りかかったタクシーを拾ってホテルまで直行。ホテル向かいのセブンイレブンで買い物して戻る。風呂に入り、2時頃就寝。疲れはさほどなかった。
◆函館二日目
初日の晩は長旅の後の夜更かしだったにも関わらず、9時半頃スパッと起きる。この日も曇天で、函館山もガスって山頂が隠れている。昨日の五稜郭に行く時乗ったタクシーの運ちゃんは「いいときに来た、明日からは快晴が続く」と言ってたのにガッカリ。気を取り直して駅前まで歩き、朝市手前のビルにあるラーメン屋で塩、まぁまぁの味。ただトッピングされている甘エビはともかく、ホタテとイカは生臭いので残してしまった。連れは醤油ラーメンだったが味は全然ダメで、もやしも固かったと不満顔。その後朝市方面へ歩き、その後どうしようかと思ったが、観光スポットはほとんど見ているし、海でも行くかとプラプラ歩いて大森浜まで戻る。
砂浜に降りるとカモメやら海鳥がけっこう憩っていたので、近くの100円ショップで鈴カステラとパンを買ってきて二人で投げてやると、カモメ、ウミネコ、知らない海鳥がガーッと集まってきて凄いことに。カラスやハトまでやってきた。久々にパンとはいえ全力で何度もスローイングをしたので肩が痛くなった。トシか。自分でも情けない。その後タクシーを拾って護国神社へ。ここは小さい頃からよく行った神社で、函館山の中腹にある静謐ないい佇まいの社だ。着いた頃には小雨がぽつぽつと来たが、それ以上大きくならずに済む。賽銭をあげてお祈りして、おみくじをひくと小吉だった。
その後タクシーで実家に向かう。殺人的な臭さの足を洗面台で洗い、居間のTVでJ2の札幌対浦和の熱戦を見る。兄貴がおふくろに呼ばれて二階からTシャツ(といっても肌着)にパジャマで降りてきた。兄貴は缶ビールを「飲むか?」と聞くがさすがに眠ダルくなるから断る。4人でTV見つつ話したり、猫のフクちゃんが来たり。フクちゃんは半野良のように自由に外に出している。サッカーも飽きてきたし小腹のすいたので、夕方近くなって寿司を食いに行くことにする。兄貴はいいというので、3人で湯の川の海岸沿いにある寿司屋へタクシーを乗りつける。2時過ぎだったがけっこう混雑しており、最初に頼んだイカ刺しが来るまでに生ビールが2杯目になっていた。その後潮が引くようにカウンタの客が皆いなくなったので、やっと寿司を堪能。皆激ウマだったが、大ぼたん海老とトロのあぶり握りが絶品。ウニもぷりっぷりで、やはり東京の寿司とはケタ違いのうまさ。しかしおあいそをすると、それなりのお値段。まぁたまにはこんな贅沢もいいか。一旦寿司屋前で解散し、ホテルに戻って昼寝。
夜になって、支度して8時過ぎにホテルを出た。タクシーがつかまらなかったので、市電で行くか、ということにして、暗い中市電の路線の方へ歩く。ところが俺の距離感の間違いで、よく考えりゃ松風町へ向かえば近かったのに、自分ではショートカットのつもりが扇型に遠くなってる方へ歩いてしまった。途中の街は街頭も暗く人もおらず、ゴーストタウンのようだ。そのうち通りすがりの家の手前で家族が花火をやっており、ホッとしたほど。ようやく昭和橋の電停について、10分ほど待つと市電が来たので、五稜郭交差点へ。五稜郭まで千代ヶ岱、中央病院前と3つほどの電停の距離なのだが、さすがに五稜郭はネオンも一杯だし、夜の大門より活気に溢れている。相変わらず若者らがたむろしたり、我が物顔でうろついている。函館も変わったもんだ。大人がすっかりちぢみ上がっている。そういや乗ってきた市電でも、東京にいるようなガングロコギャルが、年寄りを立たせて3人分の座席を2人で占領して化粧をしていた。俺らの頃は大人が怖かったし、最低限のマナーは守っていたつもりだったが…。タバコを吸ったり酒を飲んだりはしたが、パブリックな場所での礼儀はわきまえていたつもりだし、ましてや大人に無礼を働いたりすることなんて考えもしなかったのだが。
連れが生モノはもういいというので「ラッキーピエロ」というハンバーガーショップに入る。どうやら地元では有名なチェーン店のよう。ハンバーガーはまぁまぁで、激ウマというほどではない。ハンバーガーに関しては東京の方がリードかなあ。大きさはデカく、一つ食ったら腹一杯。俺はふだん下痢気味がデフォルトだが、こうして旅に出るとなぜかたいてい便秘気味になる。この日もハンバーガー食ったが下が詰まってるためか気持ちが悪くなってしまった。しかし何とか我慢して、並びにあるおふくろの店に行く。この日は土曜日で、東京あたりなら飲み屋さんは大繁盛という感じなのだが、やはり会社が休みのせいか、店は客ゼロ。2人のホステスさん交えて、カウンタでおしゃべり。けっこうこの客なし時間が長く、いろいろ話す。俺は最初ウーロン茶にしたが、しばらくして大をしたらちょっと調子がよくなったので生に切り替え、2時間ほど経った頃、ようやくお客さんが3人来てカウンタに。さらにもう一人が来て、連れの隣に座る。客が来て良かったねえ、と二人で安心し、おいとましようとすると、隣のおっさんが自分の「MyWay」をぜひ聞いてから帰って欲しいというので(笑)、しょうがなく付き合う。歌にはたいそう自信がありそうで、自分の「MyWay」を聞けるのは運がいいとまで言う自信満々ぶりだったが、聞いてみたら歌ヘタ英語ヘタ。ところがカウンタにいた別のおじさんがこの「Mayway」をベタ誉めしてボトルをプレゼントしていたのでビックリ。どういう耳してんだこいつら? マイウェイオヤジ、今度は俺に「Hotel California」をリクしてきたが、月並みなので「Sky High」を披露して、おいとま。タクシーでホテルへ向かい、セブンイレブンに寄ってから部屋へ。昨日の部屋611は一番広い部屋とはいえ、海とは反対側。今晩からの部屋は狭いが津軽海峡を望む側。窓を開けると眼下がすぐ岸壁で、波が打ち寄せる音が心地よい。部屋でTV見てゴロゴロした後、3時前に就寝。
◆函館三日目
この日も朝10時前にスパッと起きて、朝市に出かける。ようやくスカッと晴れたのはいいが、物凄い暑さだ。東京のようにムシムシした暑さではないのが救い。しかし朝市に着いた頃には汗だくになっていた。「兄ちゃん、おみやげもう買ったかい」とか「カニ、いいのあるよ」などと呼び込みがうるさい。そのうちのサーファーみたいな兄ちゃんが「おみやげは…」というんで「ご飯食べに来た」と言うと、「そこ入ってったとこの『A』ってのがうまいから行ってみて」というので、言われた店を探して入る。しかしそこは冷房もなく、おばちゃんがカウンタ席の観光客と話しこんでいて、こちらが刺身定食をオーダーしても延々とこない。その間にも滝のように汗は出るわで参った。出された刺身は新鮮でうまかったが、連れはすっかり不機嫌になっていて、刺身もほとんどいらないというので食う。まぁうまいもん食ってんだから…と思ったが会計したら何と3600円ほどでビックリ。産地は新鮮でうまいもんが安く食えるのが売りなはずなのに、こんな値段では東京でだってそれなりのもんが食えるぞ、と憤慨。まぁ朝市で食った俺らがバカだったわけだが。地元にいた頃は朝市なんか来なかったからわからなかったわけ。それでも店内には能天気な観光客の「うまかった」「また来ます」「おばちゃんの笑顔が素敵」だのの寄せ書きや色紙が貼ってあるのが不思議。
ぷらぷらと港を歩いて、摩周丸の記念館でも見るかと思ったが、暑いのでやめて、一旦ホテルにタクシーで戻り、海岸に出る。日差しも強く、はだしになって海に足をひたすと気持ちいい。遊泳禁止エリアだが、地元の家族連れや若者が数人泳いでいた。途中からTシャツを脱いで海パン一丁でいたら、アッという間に日焼けした。ちょうど海パンだしと、腰まで海に浸かって遊ぶ。一時間ほど海岸にいて、部屋に戻ってシャワーを浴びて、下の喫茶スペースで海を見ながらアイスコーヒー。おふくろに電話して、船見町にある母方の墓地へ墓参りに行くことにする。
しばらくして喫茶店の外におふくろの乗ったタクシーがついたので、墓地へ。凄い日差しと暑さだ。タクシーに待っててもらい、墓を探しに降りていったのだが、俺も十数年ぶりで記憶はボンヤリだし、頼りにしていたお袋も「アレ?この辺なんだけどね…」ってな按配で結局ご先祖様の墓が見つからない。しょうがないので、墓地全体に向かって「すみません」と合掌。タクシーでちょっと離れたところにあるお袋の顔見知りのやっている喫茶店で、評判だというソフトクリームを食う。何せ暑いせいもあるが、牛乳の味が濃厚でおいしい。その後ロープウェイ乗り場まで行き、山頂へ。山頂レストランで思わず生ビールを飲む。景色を見ながらおしゃべりをして、みやげモノを見た後再びロープウェイで下に降りる。お袋は「どこかみたいところあるか」と言うが、連れは前に来たときにほとんど観光スポットは見たからと、結局五稜郭までそのまま行くことにした。
五稜郭タワーに登ることにし、観光客の列に並んでエレベーターでタワー上の展望台へ。写真を撮ったり、コンピュータ手相占いをやったりして、下に降りる。さておふくろが俺らと一緒に見ようと買っといてくれた市民による五稜郭公園での「野外劇」まではまだ時間があったので、先にメシを食おうかということにした。おふくろがうまいという五稜郭公園脇の「あじたか」という中華屋に入る。顔見知りらしいマスターがおり、カウンタに座ると、中華屋なのにカウンタには日本酒や電気ブランの瓶が並んでるような、ちょっとこだわりの店っぽい感じだ。後ろのボックスには観光客らしいおばちゃん4人組がいて、しきりに「うまいうまい」「汁まで全部飲んじゃった」と話して感激しており、期待大。それにしても店内はクーラーがなく、暑い。俺はもちろん塩ラーメンにワンタンを注文、その間にも客はひっきりなしに来る。オーダーはお袋の頼んだカレーが先に来て、それを食い終わってシーハーしてるとやっと連れの冷やし、そして塩が来た。のんびりしてるなあと箸をつけたが、この塩ラーメンが超絶品。ここ数年…というかこんなにうまいラーメンは食った記憶がないから、ひょっとしたら生涯でナンバーワンかも知れない(笑)。それくらい美味だった。よく煮込んでやわらかい、でもあっさりとしたチャーシュー、自家製のちょうどよい歯ざわりのシナチク、そしてラーメンスープをたっぷり染み込んだ麩、あとは刻みねぎだけのシンプルな具に、トッピングのワンタン。それらと一体化して絶妙な味の塩スープ。これぞ究極のハーモニーだ…なんて感激しながら、滝のように流れて目に入る汗も気にせず、汁を一気に飲み干そうとしてどんぶりを持ち上げてすすり込んでると、お袋に後ろから「こら、全部飲むんじゃないよ」と小突かれて我に返った。
大満足して外に出たが、汗は一向に引かない。しかし風が心地よく、うまいラーメンを何年ぶりかに食った満足感で幸福。プラプラと公園の中を散策しながら、野外劇の会場へ向かった。チケットと引き換えに座布団代わりの段ボール板を一枚ずつ受け取って、お袋がペンライトを3つ買い、俺らは缶ビール2本とオレンジジュースのボトルなどを買って客席へ。開演は7時半だったが、まだ6時頃で、ど真ん中のいい席も余裕で空いていたので座る。お堀の上に水上ステージがあり、後ろの斜面、段も利用するようだ。かなり大掛かりなステージング。函館を愛する市民がボランティアで作っている函館の歴史劇だそうで、もう13回(年)目だという。徐々に陽も暮れてきて、薄暗くなったところで前座の剣舞があり、開演。この頃には周囲もほとんど席が埋まる。劇はアイヌの暮らしや和人の侵入と虐待、ニシン景気、高田屋か兵衛の尽力と繁栄、維新の函館戦争、大火、敗戦、北洋漁業…などなど、函館の近世の歴史を五稜郭というデカいステージを使って壮大に見せる。最初は市民劇だからとちょっとバカにしていたが、予想以上に見せた。もちろん出演者はみんな市民、つまり素人だから細かいことはいろいろあるが、舞台が舞台だし、脚本がどうとか演技がどうということではなく、素直に面白く見られたのが良かった。劇は9時に終わり、出演者一同のペンライトに送られて、公園を後にする。
この日は店も休みなんで、3人でイタリア料理の店で軽く飲むことにした。10時ちょっとまでいて、店の前で別れてホテルに帰る。
◆函館四日目
10時前に起きて、荷物をまとめてチェックアウト。ボストンバッグを自宅に発送を頼んで、とりあえず大森浜に出た。この日も快晴。夕方の飛行機で帰るので砂浜には降りず、岸壁からサンドイッチをちぎってカモメにばらまいたり、手前の民家の犬にハムカツをやったりしてると、猫もいるし、犬もよく見たら二匹もいた。それらの写真を撮ったりしてると、その家からオヤジがこちらに出てくるのがチラと視界の隅に見える。勝手に写真撮るんじゃねえ、と怒られるのかと思うと、「観光で来たんですか?」と聞いてきたので、「いや、地元なんすけど、何年ぶりかで帰ってきたんですよ」というと「あ〜、地元がい。」ということから始まり、おっちゃんとずっと岸壁で話しこむことに。
おっちゃんは齢57だというが、年より老けて見える。赤銅色の肌、伸びた丸首の白いシャツにヨレヨレの部屋着のズボンになぜか黒革靴(笑)。(後で連れは勝手に、「ふだん一人暮らしでいつも海に出て一服するのだが、我々の姿が見えたので話し相手が来たと思い、あわてて革靴つっかけて出てきたのだ」と勝手に想像していた)手にはエコーとライター。しかしそのエコーに火をつけるいとまもなく、おっちゃんはしゃべるしゃべる。熊に遭遇した話やら、30分近く続いたろうか。函館訛りというよりは東北訛りが八分がたで、かなり聞き取りにくい個所も多々あったが、素朴でいい人だった。なごり惜しかったが、「これから帰るんですよ、お元気で」と言って辞す。おっちゃんは「あんだも、はぁ、元気でなぁ〜」と、熊のようにぎこちなく片手を上げて見送ってくれた。
その後駅前のWAKOデパートの地下に喫茶レストランぽい店があったので、そこに入ってオムライスを食う。ケチャップが濃かったが、まぁまぁおいしかった。しかし何といっても函館は空気と水がうまい。その水で炊いたメシもうまいし、淹れたコーヒーもうまいってことだ、いつもながら田舎に来るとそう思う。外に出るとまた暑いので、ロッテリアで連れが氷イチゴを食う。俺はコーラ。駅の脇にある、5年前にも入ったビルのみやげ屋に入ってみると、目当てのものは全部あったので、ここでまとめて済ませちゃおうということにした。親戚用に白い恋人やらトラピストクッキー、知り合いに五勝手屋羊羹、我が家用に松前漬けと塩辛、こないだご馳走になった別の親戚用に毛ガニ2杯。毛ガニは店から発送してもらい、残りのみやげも全部隣の日通窓口から自宅に送る。手ぶらで済むんだから楽だ。
その後連れがちょっとパチンコやってこうかというので、「K」という店に入る。最初の5000円カードでは全然ダメで、CRモンスターハウスに移り次のカード2000円使ったところで222。この店は全部継続だというのでそのまま続ける。連れは全く出ない。こっちも吸い込まれて、結局二人ともスる。とにかく釘が渋いため廻りが悪く、1箱吸い込まれても100回転もしなかった。その後市電で五稜郭へ。
俺は必要ないと思ったが、連れが実家にメロンでも買っていこうと言い張るので、ダイエー地下で夕張メロンを二個買う。夕張メロンはなかったのでガッカリしてたところへ、ちょうどおばちゃんが今着いたばっかりだという夕張メロンを持ってきたのでラッキー。それも二つで2000円くらいの安さ。それをブラ下げてタクシーで実家へ。もう迷わないと思ったが、実家の裏の通りでわからなくなった。が、何とか昔の面影のある物置があるアパートを発見、そこから入って実家前につけてもらった。飛行機は7時15分発のJAL最終便なのだが、この時まだ4時過ぎだった。例によって臭い足を洗って、ソファにごろんと横になり、昔のアルバムを見たり世間話をしたりゴロゴロと過ごす。
俺は一人でサンダルを突っかけて、中学高校時代によく飲み物を買ったりしたF商店へタバコを買いに行く。晴天の昼下がりだが、人はほとんど歩いていない。懐かしいはずなのだが、Fの前の砂利道は立派な舗装道路が通っていて、もう別の街のようだった。ゆるやかな時間の流れを過ごして、5時半頃タクシーを呼んでもらい、外まで出てきたおふくろに手を振って空港へ向かう。タクシーの運ちゃんは俺がもう話せなくなってしまった完璧な函館訛りバリバリで、函館の経済の凋落ぶり、役人の無能ぶりの話で盛り上がった。6時ちょいに空港に着き、カウンタで搭乗手続き。連れは飛行機が怖くて憂鬱らしい。空港二階のレストランで函館地ビールの生と、ラム肉の鉄板焼き定食。連れは醤油ラーメンに冷酒。そうこうしているうちに搭乗時間になったので並ぶが、空港の冷房がきかないのか弱いのか、凄い暑さ。並んでる客もみな手持ちの紙やらでパタパタを扇いでいた。さすがに飛行機の中は快適だったが。
7時20分頃に離陸する頃には陽もちょうど暮れ、函館の灯り始めた夜景と、イカ釣り船の漁火を見下ろしつつ離陸、地平線は紫・ピンク・黄色のグラデーションが綺麗だった。雲も途中ほとんどなく、眼下には東北地方の夜景がはっきりと見える。飛行機が大型なのと天気がいいせいで、揺れもほとんどなく、飛行機恐怖症の連れもさすがにワインを頼んで飲んではいたものの、これまでで一番快適だったと言っていた。
羽田に到着すると8時半、何だかんだでモノレールには9時ちょい手前に乗りこみ、浜松町、京浜東北線で赤羽、ガード下でパン買ってタクシーで自宅へ着くと10時。家の中はムァッとする暑さ。猫が喜んで甘えにくる。2時頃就寝。

前の日記
日記INDEXに戻る
日記のINDEXに戻る
次の日記