デジタルG編集長日記
2001−1

KSD事件の被害者(?)、田中邦衛。

1月某日
 21世紀。ゆうべ初詣に行こうと舟渡氷川神社への道すがら、道路を渡ったところで0時を周り、21世紀に突入。といっても世紀をまたいだ実感なし(笑)。人通りはそれほどなかったが、神社に近づくにつれて徐々に人が増え、神社に着いてビックリ。なんと行列が出来ている。言っちゃ何だが23区内でも有数のさびれた街、舟渡にこんなに人がいるとは驚きだ。しょうがないので並び、20分ほど待ってようやく参拝できた。賽銭あげておがんで、降りたところにある太鼓を2回叩いて、甘酒を一杯いただいて帰る。今朝は10時過ぎに起きて新聞と年賀状を取りに行き、雑煮食って数の子の皮むいてちょっと食い、ビール飲んでTV三昧。夕方親戚夫婦が年始に来るというので慌てて5時前になって部屋の掃除。何せ大掃除もしてなかったので、段ボール箱を外に出したり、新聞を束ねて下にもってったり。連れがその間に掃除機をかけており、俺は引き続いてモップで床ふき。元日から疲れる。ところで元日のことを元旦、元旦とテレビのアナウンサーまで言ってるが、元日の朝を元旦というのに。
1月某日
 昼過ぎに清竜丸のマスターから電話があり、知り合いからパソコンを貰ったが、起動しないので見てもらえるかというので、いいっすよというとしばらくして車でエッチラと運んできた。奥さんの友人からパソコンを貰ったらしいが、いわゆる98マシン。WIN98ではなく、あのNECの98だ。
MMXPentium166Mhzというスペックなので今動かすにはチョイ辛い感じだが、エクセルで表計算するくらいなら十分でしょ、といいつつ起動させると、マルチブートになるようパーテーションが切ってある。DOSでなら立ち上がるのだが、95でブートしようとするとOSの再インストールを要求するので、98用の95(ややこしいなあ)のROMを探すが見つからない。しょうがないので、「これについてた95のROMをもってきてもらえればあとはやってあげますよ」と伝える。その後今晩店終わったら飲みに行こうという話になった。夕飯を食べた後TV見たりして、支度して待ってると11時過ぎに電話があり、車で迎えに来てくれた。以前もマスターと行ったことのあるスナックに行き、ビールだカラオケだ、で3時半まで。
1月某日
 今日は来日しているアメリカのVizの編集者、Jasonと会う日だったので、連れと池袋へ出かける。待ち合わせまで時間があったので、サンシャインの59階にあるレストランで昼食。窓際で眺めがよく、富士山まで見えた。しかし飯はファミレスより下、という感じ。1500円のランチだから、まぁ値段の半分は「眺望代」か。Jasonとの約束は2時だったから、ワールドインポートマートビルにある舶来横丁でグラス3つ、客用のコーヒーカップセット2組、ピザカッターを買ったりしてると2時10分前。慌てて反対口の芸術劇場前まで行くと、5分遅れで、既にJasonと通訳してくれるという米原さん、その友人の通称「オキ」さんの3人が広場で待っていたので合流。米原さんはJasonとはサンフランシスコに留学しているときの友人だそうで、今は日本で美術キューレターをしているという。オキさんは米原さんの友人で、いまだサンフランで学生中、日本には年2回ほど帰ってきてるという。この二人がいれば、意思の疎通は問題ないだろうということで、芸術劇場2階の喫茶店へ5人で入る。Jasonはまず俺におみやげだというアメコミをJasonの描いたものも含めて十数冊渡してくれ、まんだらけで買ってきたという日本のマンガを見せてくれた。その後、漫画編集の話、コミケなどの同人誌事情などのインタビューを受ける。
 インタビューも終わり、この後日本の漫画家や編集者たち(コミック40のメンバー)が来るから飲みましょう、というと喜んでいた。4時に下に降りて、まずメンバーの高端氏と合流。その後なかなか集まりが悪いので、広場に面したオープンカフェでコーヒーを飲んでいると見ル野さんが来る。30分ほど待ったが残りのメンバーが来ないので、西口公園脇のビルにある台湾料理屋に入る。乾杯して、いろいろ話すうちに山田一人氏が合流、その後五代氏と伊熊氏から電話があり合流、その後にはパルコ氏も到着してにぎやかに。料理はうまかったし、米原さんとオキさんたち自身も漫画を描いているので、話も面白かった。連れは途中で風邪気味なので帰るといい、その後米原さんが自宅が鎌倉なので、と先に帰る。続いて新年会のかけもちをしているという伊熊さんも帰り、1時間ほどみなで飲んで食って、その後イタリアンカフェバーに入る。そこでJasonは30分ほどで帰り、残ったメンバーでいろいろ話してると11時過ぎ。駅前でみんなと別れ、帰宅。
1月某日
 今年から成人の日らしい。ニュースでは各地からバカ者の成人式をブチ壊すような狼藉ぶりが報告されていた。まぁこの国はもうシマイなのは十分承知してるので驚かず。自由を自分勝手・自分さえ良ければいいと誤解し、謙譲の精神や社会的モラルという概念を失い、欲望のままに考えることを知らずにただ快楽を追い求めて生きる…あ、動物じゃんそれ(笑)。動物以下か。ガキがガキをポンポン作ってんだから。
1月某日
 年末から懸案だった某誌の付録の仕事のめどがついてきたので一安心。今朝は別クライアントのSさんから電話でWEBコーディングの仕事の打ち合わせを明日したいというので、明日は11時半に新宿だ。TVでは「人気者で行こう!」で相変わらず芸能人のバカぶりに笑う。まぁ笑わす番組ではあるが、あまりにひどい。特に高知東生、最高! 途中からあまりにひどいので仕事の手を休めてわざわざ見たが、フルコースの順番を知らず、アオザイもコールスローもメイクイーンもジャック・マイヨールも何一つ意味を知らないのにはスタンディングオベーションを送りたくなった。芸能人というのは一般人に比べて異常にモノを知らず、常識も知らないことはクイズ番組や各所での発言などで証明済でもう驚かないが、ここまでひどいともう「芸」であろう。だって学力を問うてるわけじゃないんだよ。最初から天然とかバカを売り物にしているタレント(?)は別にしても、二の線を狙ってたり装ってたりして、実はバカというのが一番もの哀しい。あと梅沢富美男みたいになまじ芸歴が長いとか年食ってたりすると、逆に悲壮感さえ漂う。なのに態度でかいし(笑)。『噂の東京マガジン』の人気コーナー「やってTRY」で、コギャルやバカ娘たちがそのモノを知らなさ加減でよく笑わせてくれるのだが、それでよくあるのがことわざでも常識でも、勝手に間違った解釈を作って、それを強引かつ強硬に疑いもなく言い張ること。「違うかも知れない」とか「すみません、わかりません」とかいう姿勢が全くないのが共通する特徴なのだが、今回の芸能人知ったかぶりクイズはそいういうメンタリズムがコギャルと全く同一。「知らなくて恥ずかしい」、つまり「恥」の概念がなくなれば成人式でバカしようが電車で化粧しようがモノ食おうがパンツ丸見えで路上にしゃがもうがやめろ、つうてんのにケータイでデカ声出そうが、平気なわけです。
1月某日
 むちゃくちゃ寒い。こういう日は風呂だ、と連れと区内にあるスパ施設へでかける。ところが休日のせいかクソガキとかクソガキとかクソガキとかが走り回るわ泣くわわめくわで、リラックスしに来てるのに血管が切れそうになる。「うるせえ!」と怒鳴ると、どうやらそのクソガキらの親らしい若い母親がこちらをまるで犯罪者を見るように「ぎゅっ」と睨み、「向こうで遊ぼうねー」だと。向こうでもダメだろうが。それでも広い温泉にゆっくりつかって、貸与されるパジャマ様の薄着でソファで生ビールを飲める。今度は平日に来ようと固く誓った。
 帰宅しても温泉効果のせいかぽかぽかと暖かい。夜はNHK「犯罪交渉人(ネゴシエーター)」のドキュメントを見る。
1月某日
 雑誌の仕事、同時進行してたWEBコーディングの仕事を何とかフィニッシュ。その後ビール飲みつつ夜12時からブッシュ米大統領の就任式を見る。3時頃まで見てしまう。それにしてもまぁ関係のない国の国民がみてもそれなりに感動的な就任式ではある。映画のようだった。兵士が美声で賛美歌を歌ったが、クリントンはちょっとうるうる来ていた(笑)。宣誓やお決まりのセレモニーの最後、同じ兵士が出てきてアメリカ国家をアカペラで朗々と歌いあげ、やはりアメリカ国家はサマになるな、と妙に感心。
1月某日
ゲストに来てくれた池松さん  今朝目覚ましで9時10分に目がさめるが、夕べ3時近くまでTVで映画「ゆりかごを揺らす手」を見てしまったので眠い。前に見た映画だが思わずまた見てしまった。今日は池松江美(辛酸なめ子)さんのインタビューの日だ。一旦起きて朦朧としたまま学校に行くが遅刻。先生が遅刻してどうするよ。お昼は教室を移動、買い物をして戻り、生徒たちと食う。事務室に昨日作った流通現場論の試験問題のコピーを頼み、カセットテープを第三校舎にもらいにいき、スタンバイして講師室に降りると1時5分前で、もうすでに池松さんは到着して待っていた。様子からして10分以上は前に来ていたようで、一旦覗いておけばよかったと反省。ちょっと世間話して、教室へ。インタビューは90分近くで終了、池松さんは資料の同人誌やグッズをいっぱい持ってきてくれたので、助かる。質問を取って、4限の10分くらい食い込んだところで終わりにして、講義もこの日はこれで終了にする。池松さんにお茶でもご馳走しようと思ったのだが、このあと用事があるというので、バス停で別れる。その後生徒3人とルノワールに入りお茶をおごる。A嬢は30分ほどで帰ったが、K君とM君とはその後5時過ぎまでいろいろと話す。店を出たところで2人と別れ帰宅。仕事して夜はTVで「五体不満足」の乙武君のドキュを見る。

1月某日
津野裕子「鱗粉薬」青林堂刊・1500円  津野裕子さんが新刊「鱗粉薬」(青林堂刊・1500円)を送ってくれた。津野さんはコミック40のメンバーでもあり、僕がガロに入ってからのやまだ紫、イタガキノブオさんらと同時に最初に担当になった作家さん。彼女が「冷蔵庫」というデビュー作になる投稿作品を初めて見てから、いっぺんでファンになった人だ。津野さんとは僕が青林堂にいる間ずっと担当をさせてもらい、「デリシャス」「雨宮雪氷」と2冊の単行本も作らせていただいたし、去年僕が編集した「Secret Comics Japan」にも収録させていただいている。
 津野さんといえば、その透明感溢れる画風と独特の作風で根強いファンを持つ優れた作家さんであることは言うまでもないが、とにかくご本人が「謙遜の人」で、「わたしなんかの作品がぁ〜」なんていつも言っているのがおかしい。彼女はデビュー以来、富山県でマイペースな創作活動をずっと続けている。ガロでデビューした直後に一時超メジャー雑誌から連載の依頼もあったのに、あの性格(笑)とマイペースな創作活動を守るために、結局断ってしまったことがある。僕はずっと彼女を天才だと思っているけれど、もっとバヒーン!と売れて欲しいと思う反面、それで創作ペースが乱されてしまうのも怖いなあ、なんて勝手なファン心理で思ってたりして。

1月某日
 朝、代理店のO君から電話。あるサイトのリニューアルと定期更新の話があるので、コンテンツ案などの打ち合わせがしたいとのこと。明日の13時ということになる。月末でいろいろ経理方面で忙しいので池袋に行き、銀行やらまわったあと西武デパート内の小吃坊でご飯を食べる。連れはここのフカヒレそばに目がない。フカヒレそばつうてもここのは1000円くらい(だっけ?)で庶民のささやかなぜいたく程度だが。こっちはたまには違うものを…と角煮そばというのを頼んだら、肝心の角煮が固くてまずい。一口角煮を食っただけで、結局デカい3切れも乗っていた角煮をほとんど残した。その後服部珈琲館で一服して、連れと別れてジャナ専へ。
 学校の事務室で先週頼んでおいた試験問題のコピーを受け取り、40分ほど時間があったので仕分けをする。3限、4限と連続して試験監督。退屈だった。しかしこの「流通現場論」の試験は、こっちもかなり力を入れて作ったし、業界の人間でもけっこう難しいかもしれない。従って生徒たちで80点取れればもう大変立派というものだ。ちょっと可愛そうだったかな。でも答案の最後に余白を設けて、「感想でも質問でも何でもどうぞ」という欄を作ったら、けっこういろいろ書いてあって嬉しかった。「数少ない緊張感を持って受けられる講義でした」「こんな大事なことを知らずに出版界に入っていたかと思うとゾッとします」とか、こちらからすれば「聞いてんのかよ」と思ってたほど反応の薄かった生徒でも、それなりにちゃんと聞いていてくれたんだなあ、と思ってさらに嬉しくなった。
 学校を出て池袋に戻る。昼ラーメンをほとんど残したので腹が減っており、東口ロータリー前の角にあるパン屋の3Fにあるグリルに入り、ミニステーキセットというのを頼んだ。来たステーキは上にネギが乗っており、変わってるなあ、と食ったら味がない。醤油ベースのタレだろうが、ほとんど味がない。しょうがないので塩をかけて食う。なんだかなあ。最初に出てきたスープの味が濃かったので余計に肉の味がしないのだ。まぁこれでコーヒーがついて1000円だからしょうがねえか。この日のメシは全部外れ。

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