デジタルG編集長日記
2001−6

おいおいマリナーズ、今年いったい何勝するんだ!?
6月1日
 9時過ぎに起きて11時からMLB。鉄人リプケンのいるボルティモアとの3戦目。イチローは固め打ちが少なくなりちょっと疲れが見えるかな、と思う程度で相変わらず溌剌、連続試合安打も途切れたのは1試合で、また続けてるし。試合は結局佐々木が締めてマリナーズが勝ち、これで4月20勝5月も20勝という史上初の快挙。つ、強すぎる。対戦相手が可哀想に思えるほどの強さだ。さて今日は古屋兎丸君にSCJで借りていた原稿を1年半ぶりに返却することになっていたので、仕度して2時過ぎに出る。しかしその前に、メールチェックすると昨日からずっとメールが取れなかったのでホスティング屋に電話すると、勝手にPOPとSMTPのipアドレスを変えたという。事前に連絡しろよ。解約するぞコラ。要領を得ないのでping叩いて直接アドレス指定しなおす。
 バス停行くとバスが行ったばかりだったので、通りかかったタクシーを拾って本町まで行くことにしたが、暑かったのとタクシーが涼しくて快適だったのでそのまま高円寺まで行ってもらうことにした。結局4500円ほどかかった。俺はバカなのか。メシを食おうと昔評判を聞いて食いに行ったら休みだった、南口の代一元へ入る。ワンタンメンは一口目はうまかったが、途中からちょっと飽きがくる凡庸な味。中の中、てとこか。まぁ素直でオーソドックスな煮干・カツオだし系のあっさり醤油の典型的な東京ラーメン。麺はもっとちぢれて太いたまご麺だったらいいのになあ。これは勝手な好みだが。ところでここの冷やしは、キュウリくらいしか具のない冷やし麺で、つけ麺というか日本ソバのようにタレにつけて食うというもの。味はイマイチ。まぁ取り立ててまた食いたいという店ではなかった、ということで…。それにしても巷の「うまいラーメン屋情報」、いい加減にしろよマジで。
 電車で一駅、阿佐ヶ谷へ。この時点で4時頃だったので、喫茶店で一服。時間になったので店を出てウサマル君に電話。駅前のロータリーのところにある喫茶店で待ち合わせ。先に入りアイスコーヒーを頼む。うまい。5,6分でウサマル君が来たので、まず原稿を返し、長いこと返せなかったことをお詫びした。送ってもらってもいいと言われていたが、原稿を郵送で、それも長いこと返却できなかったのを送りつけるのはどうにもできなかったので、直接返したいと言っていたのが逆に長引いてしまったという体たらくである。その後世間話。ウサマル君は漫画は順調のようだし、元気そうで何よりだった。1時間近く話して、店を出て、南口改札で買物して帰るというウサマル君と駅前で別れた。一駅高円寺へ戻り、バスが行ったばかりだったので20分ほど待って8時ちょうど発の環七経由赤羽行きバスに乗る。
 30分ほどで大和町、そこから三田線で座って蓮根まで。清竜丸で飲む。途中虔十書林のタダさん夫妻も偶然来て、カウンタで話す。タダさんたちは先に帰り、俺らはマスターが「車取ってくるから送ってきますよ」と言うので、結局じゃあビリヤードやろうかということになり、笹目のいつもの店へ。今回は白熱し、途中まで全員が3勝ずつ並ぶという展開。しかし勝ちゃんがリーチをかけたあと、俺は絶好の9ボールのフリーをあせって白玉まで一緒に落としてしまい、結局マスターにあっさり入れられ、その次も連勝でまたマスターの勝ち。プレイ代またもやうち払い。くそ。グヤジイ。(こればっか)白熱した分時間がかかって3時過ぎ、帰宅すると3時半。すぐ寝る。
6月6日
 梅雨入り。入梅の季節になると、毎年「早く明けないかなあ」と思う。しかし明けると猛暑の季節ではある。若い頃は夏が大好きだったが、それもそのはず。北海道は梅雨はないし、その頃には花が一斉に咲き、短い夏は湿気がなくカラリとして一番いい季節だからだった。こっち(東京)の夏はヒートアイランド現象で年々熱帯化してきている。気象庁の発表は、まだ芝生の上の百葉箱で気温測ってるんだろうか。真夏の新宿アルタ前交差点の気温、とか渋谷ハチ公前スクランブル交差点の気温は…なんて発表したら大変なことになるだろう。45度とか50度とか(笑)。 東口から南口へ歩いて、ドトールでレタスドッグとアイスラテ買って、目の前のバス停から学校へ。学校の前までてくてく歩いていくと1年の松葉がいて、友達をカメラで撮影している。俺を見つけると「先生、先生、写真撮らせて!」と言うのでドトールの紙袋持ってんのにマヌケなところを撮られる。写真の授業の課題らしい。その後コミック2年の講義、ちょっと時間もらってパン食いながら、田中さんにコミックバンチの創刊号を貸してもらって見る。原哲男のまさに北斗の拳の続編(?)、北条司のシティハンターチックな新連載。これ以外はあまり見るところがない。バガボンドの人気を見て眠狂四郎の連載とか、メジャーリーグブームなのでそれ系の連載とか、もう見え見え。でも柱になる連載2つありゃあ雑誌は持つのか。その後は実習製作誌の仮台割作り。生徒たちに任せておくと一向に進まないので、こちらが内容や絵柄で分類して、台割をイッキに進める。それやこれやで終り、講師室に戻ってさあ帰ろうか、というところで雨が降りだした。あわててバス停まで走ると、物凄い豪雨に。池袋に着いて駅に走り込んだだけでもうけっこう濡れた。止む気配がないので、地下のフィルム屋で800円の自動傘を買う。そのまま東口バス停からバスで帰宅。夜はハンバーグ作ってもらい、うまいうまいとバクバク食う。三津子は酒飲んで10時頃にはもう眠いといって寝てしまったので、その後ダウンタウンDX、ニュース23を一人で見てから寝る。
6月17日
マイちゃん 10時前に起きてMLB、野茂先発の試合を見る。相手はアトランタだったが、味方打線が0点に抑えられるわ野茂が討ち取ったゴロはエラーするわで野茂は不運な4失点、その後ランナーを残したところで出たリリーフがガンガン打たれて失点は6になってしまった。結局0-8で負け。野茂は6勝4敗。それでも今年はこの調子ならフタケタはもちろん15勝くらいはするんじゃなかろうか。11時から今度はシアトルとサンディエゴ。イチローは5の1でRBIつき3ベースだったが、何といっても今日は4番オルルッド。レフトへ2ベース、ライトへ3ベース、センターへシングルと来て5打席目、何とバックスクリーン右に豪快なホームラン。これでサイクルヒット達成。ウィルソンと並んでメジャーリーガーらしからぬ知的な風貌と所作の彼も、さすがに嬉しそう。試合もマリナーズお得意の継投で快勝。マイちゃんが珍しく食欲がなく、今日は数回吐いた。昨日までは普通にご飯ガフガフ食べてたんだが。泡のような白い胃液を数回吐いた。あとは寝室の布団の上へ行き、丸くなって寝ている。元気がないので心配。
6月19日
 バスで学校。昨日雑協のサイトから出力しておいた、少年・青年漫画誌の部数一覧に、ジャンプ軍団とみこすり半劇場、コロコロコミックという両極端雑誌の購読者データなどを使って講義。まっすぐ帰宅。マイちゃんはもう3日食べていない。水も飲んでいない様子。風呂場に水を張った洗面器を置いてやってあるのだが、その前に行きはするもののじっと頭を垂れてみているだけ。水をすくって鼻につけてやるが、イヤがる。足もふらついてきて、心配だ。それでもそうちゃんの時のように苦しそうではなく、なでてやると弱弱しく尻尾を振る。寝室からとき折ふらふらと起きて来ては、テレビの前にコテ、と横になってぐったりしている。もう18歳にならんとする老猫だが、数日前まで全く弱る気配もなく食欲も旺盛で、連れと20まで大丈夫だね、なんて言っていたが、このところの急激な弱りようは本当に心配だ。
6月20日
 学校へ。途中本屋を覗いたので5分ほど遅れる。担任の編集科1年3組で講義、終わってからいつもの女子数名に「センセイ、別の先生で作家になりたかった編集者、作家くずれの編集者というのは最低だと言ってた人がいますけど、そんなことないですよね」と言われる。思わず「どこのバカだそいつは」と思わず言ってしまう(笑)。聞けば間違いなくそういうことを言ったというので、「話によっちゃブン殴ってあげるから、今度サシで話そうと伝えておきなさい」と言う(笑)。4限は全体にやる気のない1組。それでも4、5人はこのところ熱心に聞いてはくれるようになっている。そいつらのためだけにやってるようなもんだ。終わって、講師室で8月の有明ビッグサイトでの専門学校フェスの講師用の提出書類を書いて、事務に渡して、コミック科1回生の内山君に今度ゲストに来てくれるよう頼んで帰宅。
 マイちゃんはもうほとんど歩けないので、ただ寝室でぐったりしている。胃は空っぽで水も飲んでいない。しかし決定的に違ってきたのは、「マイちゃん」と呼びかけると「ニャオーン、ニャァアーン!」と大きな声で何度も鳴くこと。不安なのだろうか。自分でも死期が迫っていることを察知して、怖いのかも知れない。夜連れはべろべろに泣きながら「マイちゃん今までありがとう、もう頑張らなくてもいいよ」と言いながらマイちゃんをタオルにくるんで離さない。マイちゃんは目をカッと見開いたままで、もう眠ることもしなくなった。眠ると永遠に起きられないことを知っているのかも知れない。せめて水だけでも飲ませようと、スポイトで口の横から流し込むが何回かに一度弱弱しくゴク、と嚥下するだけ。とても飲んでいるという状態ではない。これまで逝った猫たち…ジローにも、そうちゃんにも末期にそうしてやったように、タオルでくるんで外に出てやろうと連れが立ち上がって玄関に行きかけると、マイちゃんは「ニャァオオン」と鳴いた。ここに居たい、動かさないで、と言っているようなので、やめさせる。やはり自分が寿命だということは解っているのだ。
6月21日
 夕べはマイちゃんをタオルにくるんで、一緒に寝た。マイちゃんはもう歩けなくなった。吐く息が猛烈に臭かったので、「ああ、もう内臓がやられてダメなんだな」と思った。それでも起きてまだ息があれば、医者に連れてって点滴でも打ってもらって、と思いながら寝た。何度か目が醒めたり、朝方4時頃連れが水をスポイトで飲ませてやったりしてるのをウトウトしながら聞いた。「マイちゃん、飲めたね、良かったね」などと言っていたから、ああ、水飲めたんだ、良かったなぁ、と思いつつ、連れが起きた後も1時間おきくらいに目が醒めては、マイちゃんの呼吸と心臓が動いているかを無意識で手で触って確認した。8時頃、何度目かの確認をすると、動きがない。慌ててはね起きて心臓に耳を当てるが音がしない。マイちゃんは目を半開きにして、死んでいた。
 死後硬直もまだなので、おそらく7時から7時半、あるいはホンの十数分前だったかも知れない。「マイちゃん!」と声をかけるがもちろんもう死んでおり、ソファで寝ていた連れを起こす。「マイちゃん、死んじゃったよ」と言うとワッと泣きながら寝室へ来る。俺は黙々と玄関横の納戸にから箱を出してタオルを敷き、その中にマイちゃんを収めた。硬直してからだと箱に入らないからである。ヒゲを3本貰い、お腹の毛と、よくなでたあごの下の毛を一つまみずつ切って、それぞれ3つに分ける。可愛がっていた連れ合いの子供たち(今は独立している)の分だ。その後はちょっと放心。苦しまずに眠るように死んだのは良かった、とせねば。ほんの5日前まで普通だったのに。ソファで俺が横になってると必ず腹の横に来てゴロゴロ言って、背中を叩かれていい音を立ててたし、仕事の合間にこちらがガバリと上から覆い被さると必ず「ニャーン!」と応えてくれていたし、ご飯を食べてると俺の横から箸を伸ばす手をさすさすしたり、ご飯が終わると人の胃袋の上にゴロゴロ言いながら横になりに来てたし。。。今年で17歳、苦しまずにポックリとはまさに大往生。マイちゃんあっぱれだ。天国へ行ってそうちゃんと仲良くやってくれ、ありがとうマイちゃん。
 夕方から夜、相次いで連れの子2人がマイちゃんの「お通夜」に来る。この4人で団地に暮らしていた頃の猫はマイちゃんを最後に、全部いなくなってしまったなあ。マルは団地から蓮根に移る直前だったか、団地の知り合いのおばさんが拾った猫を一日の約束で預ったんだった。シマは蓮根に越してから数年、今の舟渡に移る前年だ。とにかくあまりに急にいなくなってしまったので、悲しいより寂しい、涙よりも溜息という感じだ。9時過ぎに子供らは帰り、その後は放心してテレビを二人で見る。12時頃布団に入るが、シマとマルが入ってきた。熟睡できないからと2匹とも出して、寝る。
6月24日
 朝8時頃目が醒める。その後もうとうとしつつ10時前に起きた。マイちゃんを失った喪失感は日ごとに大きく、辛さがつのる。連れが気晴らしに品川水族館にでも行こうというので、仕度して出かける。まず舟渡小学校で都議会選挙に投票してから、電車で赤羽、そこから京浜東北線に乗り換えて京浜東北の蒲田行き。例のシートの少ない「社畜運搬車輌」(笑)で、座れなかった。それも一つのシートに、坊主頭の若者が仰向けに凄い顔で寝ており、死体かと思ったが、観察しているとかすかに呼吸をしている。ただの酔っ払いか。
 大井町に着いて、メシを食おうと周辺を見渡すが、なんか今イチ良さそうな店も見当たらない様子なので、駅ビルの食堂街へ。中華屋で連れはフカヒレそば、俺はカニ玉あんかけご飯。窓際の席でかなり待たされてたが、隣の円卓では中年のオヤジが蓄膿らしく、「ドゥー!!」と鼻をしょっちゅうすする音が不愉快でしょうがない。ていうかそんなん聞かされながらよく連れの連中はメシが食えるよ。店員に文句言って席を替えてもらい、さらに待たされてようやくフカヒレそば到着、連れは「悪くないが池袋西武の小吃坊の方がやっぱりうまい」とのこと。俺のカニ玉あんかけ飯は、あんかけが酢豚系のケチャップ味で、これがメチャクチャ濃い。カニ玉の味はいいだけに、むせかえるようなケチャップあんにヘキエキ。結局あんを横にはじいて食うが、全部食えず、ご飯は3分の1ほど残す。こんなんでもそれなりに腹一杯になるんだから情けないというか、人間ってマヌケな生き物だよなあ。その後1階下の喫茶店で一服して、APIREを出る。
 送迎バスの発着場はすぐ見つかったが、家族連れやカップルで長蛇の列。これじゃあバスが来ても座れないしと思い、タクシーで行く。800円ほどで水族館に着いた。品川区の臨海公園に併設されるようなかたちで、公園を通って入口まで進む。券売機で900円のチケット2枚買って入場してビックリ。物凄い人だ。子供連れというかガキの嵐。ナパーム弾打ち込みたくなる。ガキ共は傍若無人に走り回り、大声を上げ、人を押しのける。だいたいいつもこの国では、大人が気晴らしにとか、落ち着いた雰囲気を楽しもうと思ってもこういった傍若無人なガキ連れやら、低脳な大人にブチ壊されるもんだが、それにしてもひどいありさまだ。親が、周りの大人が阿呆だからああなるのよね。それでもガキを掻き分けて奥へ進み、イルカショーがちょうど終わったところで物凄い人波が押し寄せてくるのをさらに掻き分け、プールの前の席へ一旦座る。次のショーまで1時間くらいあるだろうから、それまで待つ気は毛頭ない。イルカたちがショーでもないのに、インターバルに遊んでいるのを見る。それでもけっこう面白い。水からピョンと上がってきて、しばらく陸上でくねくねとポーズを取ったり、転がったりして遊んで、器用に壁をけってまた水槽に戻っていくのが可愛い。
 その後順路にそって進んで、目標の通路の周りがそのまんま水槽になっているところを通る。しかしさすが最大の売りだけに、人で溢れかえっており、身動きも大変。それでも頭の真上を巨大な亀やサメ、エイなどが泳いでくさまはなかなかのもの。ところがその水槽通路は10メーターちょい?で終り。なんだよ、というのでその後サクサク見てすぐ出てしまう。物凄く狭い水族館だ。入ったところとちょうど反対側に出たが、道路しかない。ちょうどタクシーから客が降りたところをつかまえ、大井町駅に行ってもらう。この時点で人当たりしたというか疲れ気味だったが、これじゃあ全然気晴らしにならんねえ、ということで品川から一駅だし泉岳寺行ってみようかと、大井町から品川、そこから京浜急行の駅に移ってホームで待つ。京浜急行は厨子方面から来て都営浅草線経由で京成線に乗り入れ印旛方面まで行くのだが、途中浅草やら日本橋、人形町やら通るなあ、と路線を見ていて、結局泉岳寺はやめて浅草に行くことにした。
 浅草で電車を降りて、雷門前に出る。この時点で天気はカッと晴れており、暑い。仲見世を通り、あまりの暑さに思わず扇子を買う。それでハタハタと扇ぎながら進み、連れがいつものように「梅園」であんこを買い、浅草寺でお参り。おみくじは凶(笑)。その後五重塔通り側の境内の縁日で連れが氷を買い、腰を降ろして休む。その後池袋行きのバス停を探すと、すぐに巣鴨経由の池袋行きがガラガラだったので走って乗り込んだ。しかし次、その次の停留所でジジィやババァがガンガン乗り込んできてすぐ満員。それでも三ノ輪あたりでまた空いて、結局巣鴨で降りることにした。
 このあたりで二人とも結構疲れてたので、メシ買ってタクシーで帰ることにして、ちょうど縁日と日曜日が重なった地蔵通りを歩く。といっても4時過ぎだったので露店は店じまい始めるところもあったが。高岩寺で賽銭あげてお祈りして、観音様を見ると、7,8人しか並んでいない。いつもはババァが3億人くらい行列を作っているが、こんな機会は滅多にないと、すぐに列に並んで、観音様に水をかけ、初めて手拭で洗うことができた。しかしその後結局メシを食う機会を逸して、明治通りまで出てしまい、もうさすがにヘトヘトだったので、タクシーを拾って蓮根まで行くことにした。俺は浅草からバスに乗って巣鴨で降りたところで足の裏がもうピリピリと痛い状態で、タクシー乗る頃には股関節も痛くなっていた。俺もジジィなのか? そうなのか。
 蓮根で降りて6時頃清竜丸へ入る。のどが渇いてたので大ジョッキの生ビールがバカうま。話のなりゆきでまたビリヤード行くことになり、客もこの日は翌日が月曜ということもあって少なく、10時前に店じまいして、マスターが車を取ってきてくれ、笹目へ。この日のゲームは伯仲し、序盤連れがいきなり2連勝、俺がその後2連勝する異例の(?)展開。その後もまず連れが9ゲーム目で早くも4勝でリーチ。しかし河野(マスター夫妻)組も猛追、15ゲーム目では連れと俺、マスターが4勝で並び、勝ちゃんが3勝。しかし16ゲーム目で俺がマスターのブレイクの後、奇跡的に9ボールを押し込み、あっさりと5勝してしまった。プレイ代はもちろんあちら持ち。いつもこちらが負けて払ってたから、いやー初めて勝つことができて本当に嬉しい嬉しい。店の主人も「勝ったの?」とニコニコ言ってくれた。グ、グヤジイ…じゃなかった、ウレシイ。そんなこんなで帰宅12時半。いい気晴らしになった日ではあったが、むちゃくちゃ疲れました。
6月24日
 今日も暑い。今日は2年生、ゲストにうっちー(コミック科1回生の内山君)を呼んでいたので、講師室で待つが約束の1時を回っても来ないので、とりあえず教室へ行く。実習誌の話をして、田中・佐藤・及川嬢らがインタビューする予定のプロ作家への質問をまとめたりしていると、30分ほど遅れてうっちーようやく教室に来る。いつもはゲストをお呼びすると、対談形式で話をするのだが、資料を沢山持ってきてくれ、話す内容もびっしりノートに書いてきてくれたので、紹介だけしてあとは任せた。物凄い勢いで編集者の仕事内容を板書しながら解説していき、生徒はノートを取るのに必死な様子だった。2時半になり休憩時間を回っても止まらないので、20分ほどオーバーしたところで一旦中断してやり、休憩を取る。その際うっちーと3階の談話スペースで缶コーヒーを飲んで世間話。その後は持ってきてもらった企画書や、校正刷りや青焼きなどを見せて、二人で解説。生徒はずいぶんタメになったようで、良かった良かった。結局4時半近くまでオーバーして、終了。
 その後舟渡の「鳥力」で一杯やることにした。その後家に場所を移して、テレビ見ながらビールを飲む。うっちーは帰すのも可哀想だったので泊めてやることにして、12時過ぎには皆寝てしまう。朝8時半過ぎにうっちーは出勤なので出てったようで、名刺にお礼を書いて置いていった。シャワーもちゃんと浴びた様子。その後おかゆ食って、仕事のWEB作り。クライアントが当初内製でやったWEBはデザインもコーディングもひどいシロモノ(失礼)だったが、こちらがデザインと向こうで発注してあったイラストを入れてプレゼンするとOKが出たので、イッキに夕方までにに作りこみ、FTP。自分でも驚くスピードであった。掲示板との連携がまだ決まってないので、そこは敏腕プログラマの古山君にお願いするメールを出して、一段落。
6月30日
 夕方詩人の井坂洋子さんがバスで遊びに来る。ビールと軽いつまみなどで一杯やっていると、清竜丸のマスター河野夫妻が11時過ぎに店を閉めてから到着。手作りの河童巻きと鉄火巻き、チーズや赤ワインをおみやげにもってきてくれて感激。この鉄火巻きが絶妙で、バクバク食う。いやマジで食いまくった。ちょっと恥ずかしい(笑)。ビールで乾杯して、すぐに麻雀開始。結局朝4時頃までかかって半雀2回(笑)。普通1時間ちょいで廻すはずなんだが…おかしい。俺は最初トップだったが、2回目はマスターにトップを奪われ、トータルは一桁のプラス。そのままマスター夫妻は帰宅して、井坂さんには泊まってもらった。

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