デジタルG編集長日記
2002−8

編集長日記じゃなくて連れの闘病日記になってますね。
8月某日
 朝10時過ぎに起きてTVを見ていると、DELLから新しいマシンが届く。本体とモニタのでかい箱二つ、スピーカその他の小さい箱が数個。本来ならいそいそと机周りを片付けて早速セットアップするところだが最近疲れ気味で、そのまま放置してソファでうとうと。さすがに玄関をデカい箱でふさいだままもアレだしなあ、と机の周りを片付け始めるが、これが大作業。いかにここ数ヶ月、連れが病気や入退院があったとはいえ放置してあったかを思い知らされる。ホコリや汚れもひどいが、とにかく不要なものも必要なものもごっちゃになって積み上げられていたりで、自分の仕業ながら辟易させられた。概ねスムースに機器の設置は終わる。しかしネット接続とUSBクロスケーブルによる前のPCとの簡易ネットワークの接続がうまくいかず、しばらく試行錯誤。それでも何とかうまくいき、夜には宅配ピザを食いつつ大竹しのぶ主演の福田和子のドキュメントドラマを見るのを挟んで、旧PCからのファイル移動にこぎつける。今はもう1時半だが、仕事関係のフォルダの移動完了、privateフォルダの移動に入っている。これはおそらくあと数時間かかるだろうから、放置して寝るしかないか。あと机の周辺には机上から排除した昔のプリンタだの、書類の束だの箱だの生ビールサーバーなどを置いたままにしてあるから、明日片付けないとならない。
8月某日
 パソコンのデータ転送が終わっているのを確認し、ちょっとメンテをして、久々に両方のパソコンの電源を切った。パソコンのセットアップは周辺機器のドライバのインストール、細かいツールの再インストールも終えてほぼ終了。まだ40ギガほど空いている。昔は40メガのゴツい外付けHDDが数万円、だったもんなあ。286のPC-CLUBを周ちゃんから借りてMS-DOSと格闘していた頃とは隔世の感ありだ。

 その後新しいマシンでCD-R書き込みテストをしようと試すが、DELLに付属の書き込みソフトではエラーが出て処理ができない。どうやらWIN-CDRを入れたせいで、書き込みソフト同士がぶつかってるのかも知らんと思いWIN-CDRを削除するが駄目。逆にEASY-CDを活かそうとWIN-CDRを残すが駄目。12時を過ぎて、連れが「もうやめなよ」と不機嫌になってきたので、一緒に寝ることにする。
8月某日
 蓮根清竜丸でランチ。勝ちゃん一人で忙しそうだ。焼き魚と海老シンジョウとどっちにするかというので焼き魚を頼み、10分ほど待ってると近くの焼肉店・三恵苑のご夫婦も来る。大きな皿に刺身、玉子焼き、ひじきなどのおかずが5,6品乗ったのに焼き魚、これに味噌汁とご飯でたった500円とは今時安すぎる。蓮根周辺の人はぜひ行くべきだ。腹いっぱいになった。連れは焼き魚はほとんど残したが、その他のおかずはほぼ全部、ご飯も4分の1ほど残しただけでよく食べた。最後に残った三恵苑のご夫婦も帰ったので、勝ちゃんが暖簾をしまって、アイスコーヒーをいただいてしばらく病気の話などをする。マスターは今日はコミケのスタッフの仕出しの仕入れとかで留守だった。帰宅してすぐ連れは疲れたのか寝てしまい、俺は棚を設置して周辺を整え、パソ作業の続き。結局WIN-CDRを削除してEASY-CDでOKだった。前は再起動しなかったのがいけなかったようだ。デフォルトが一番。早速HDDを圧迫している仕事ファイルのOLD分をCD-Rに全部移動。
8月某日
新しくなったマシン。散らかりようはそのまま 明後日からやる著作権と関連法規という講義の資料を作らねばならないので、ネットで検索して、法律やネット関連の著作権記事などをいろいろ見る。すると電話が鳴り、取ると何と俺が入社した当時から十数年一緒に仕事をした先輩のYさんから。曰く五反田の書店で店長のアシスタントをしているという。立派にやってるじゃん、と思ってよく聞くと、非常勤だというから要するにアルバイトらしい。お母さんもお元気で、俺もたびたび遊びに行ったあの家にまだ二人でいるということ。何で突然電話かけてきたのかというと、あの青林堂がまだ材木屋の二階にあった頃の夢を見て、懐かしくなって電話してみた、という。

 その後は仕事をするが、新しいマシンはペンティアム4になったが、CPUそのものが速くなったという印象はあまりない。HDDも7200rpmだからそれほど速くはないし、まぁVRAMが128Mbになったから画像処理は速いという感じはするが、全体的に飛躍的にパフォーマンスが向上した感じではない。もちろん前のペン3-450に比べれば速いことは速いのだが、前にPentiun166から突然Pen3-450になったときに感じた劇的な速度の変化は体感できず。それとこのDELLの17インチモニタの最大解像度が1024*768という恐ろしくパフォーマンスの低いものであることが買ってから判明。VRAMいくら積んでても、モニタの解像度が対応してなければ、狭い画面で我慢しているしかない。今時こんな解像度はノートでも当たり前ってレベルだ。
8月某日
 この日は学校の野本先生に頼まれた、厚生労働省のIT講習の「著作権と関連法規」の講義がある日。1時から講義で、出席を取るが、30人近い生徒さんたちはみなもちろん社会人。上は60代、下は20代だが中高年の割合も想像以上に多い。帰宅すると連れはこの日病院に行ってはみたものの、やはり容態、痛みの問題が好転するわけでもなく、気休めといった程度だと言い、サンドイッチを食べている途中また泣き出す。泣いて発散しているだけだから気にしないでね、と言われるが、あんな体にされてかわいそうなのと悔しいのとで俺も複雑な心境だ。
8月某日
 IT講習の講義。それにしても9時は早すぎる。眠いが受講される方々のため気合を入れて、講義に入る。配布した資料に沿ってキッチリと講義。休憩挟んで12時までだったが、時間が足りないくらいだった。講師室に戻る時に生徒の中年女性に「これからどこへ移動ですか」と聞くと「就職相談があるんです」と言うので、「がんばってくださいね」と言うと「何を頑張ったらいいのか…」と苦笑いされる。そりゃそうだが、社交辞令ってやつじゃん。生徒さんたちは皆、このIT講習を受けてこれから就職活動をするわけで、皆それぞれ切実なものがあるのだなあ。
8月某日
 起きると連れは今日は痛みが少しましならしく、珍しくそばでも食べに行こうというので、支度して1時頃松月庵に行く。俺は冷やしたぬきそば、連れはカレーうどん。
8月某日
 Yちゃんが二人目の子を妊娠していて、出血が少しあったとメール。連れはこの日痛みが強かったようだが、夜になってソファの上で「今日お腹がいつもより痛いの、でもYがお産の痛みで苦しんでるかと思うと我慢できる」と言って泣いている。

 その後、夜はBS2に切り替えるとエアロスミスのワールドカップの際のジャパンライブをやっていたので、見る。スティーブン・タイラーは50越してるのだが、素晴らしいパフォーマンスを見せている。ジョー・ペリーのギターも円熟の域に達しているが、決して退屈なプレイではないし、やはり最強のライヴバンドだと実感。何よりアジアに来ても手を抜いておらず、名曲の数々をパワフルに披露しているのを見て、ビデオ撮っておくんだった! と後悔。しかし最後にB'zの二人が出てきたのにはガッカリ。エアロとやるにゃ20年早ぇんだよ。稲葉は声が出ないとかいう問題より、アドリブや音感全て含めたヴォーカリストとしてのセンスで足元にも及ばないことを露呈しただけ。ギターもエアロの二人に挟まれたんじゃ金玉ちぢこまるのはしょうがないとしても、単にエアロの偉大さを再確認させただけの役割だったのが情けなかった。歌謡曲ばっか聞いてる日本のガキはだませても、洋楽四半世紀聞いてる俺っちの耳は騙せんよ君ら。B'zファンにゃ悪いが(悪くねぇか)本物と偽者の違いがよぉくわかったわい。
8月某日
 次女を出産したYちゃんの様子を見に行くので、お昼を食べがてらお姉さんと待ち合わせをして岩槻まででかける。 病院もお盆休みとかで、看護婦などが少ない様子で病院内も静か。ところが8号室をノックしてドアを開けてびっくり。Yちゃん夫婦と長女のMは当たり前だが、旦那のお母さん、旦那の弟君夫妻、弟君の長女に長男、さらに旦那の友達の奥さんにその子供までおり、4人部屋の室内は幼児の嬌声でとんでもない騒ぎになっていた。幸いこの部屋の入院はYちゃんしかいないので貸切状態だが、全てのベッドの上と言わず下と言わず子供らが走り回り大変な状態。生まれたての次女はYちゃんの横のベッドに寝ていた。Yちゃんは出産時出血がひどかったようで、メールによると1500mlも出血したと聞いて心配していたのだが、さすがに歩くのはそろそろとしており時折姿勢によっては痛みがあるようだが、思ったより元気そうで普通にしており安心。病院の後は大宮までタクシーで戻り、お姉さんと連れの3人でご飯を食べる。連れはこの日ひどい痛みがないようで、久々に穏やか(?)な日だった。
8月某日
 このところNHK-BSで「鉄腕アトム」のTVアニメを再放送しているのだが、やはりあの頃のアニメにしては非常によく出来てはいるものの、やはりそこは子供向けだ。今見ているとどうにも苦笑ものなのは仕方のないところか。当時は制作費を安く上げるためにセルを極力減らす工夫を随所に凝らしたという関係者の回顧談を何かで見た記憶がある通り、最近のアニメと比べるのはあまりに酷なのは解っている。それでも当時子供でリアルタイムで見ていて特別な思い入れがあるとか、そういうものがないとやはり今見るのは苦しい。こうしたことを言うと熱烈な手塚ファンはカンカンに怒るかも知れないが、当時の国産アニメの出来の素晴らしさや、ストーリーやその他で先駆的な意味、歴史的な価値も含めての評価はちゃんと認めた上での話だ。ただ最近は子供向けといっても変にヒネてたり下品なものも多いのだが、「アトム」は時代のせいもあるのだろう、毎回メッセージがストレートで、その部分は心地よいとは言える。子供へのメッセージはストレートな方がいいと思うのだが。自分はアトム世代ではない。実兄が子供の頃の白黒写真で、当時流行ったアトムの被り物をして映っていたのがあったくらいだから、自分としてはさほど思い入れがないのが事実。
8月某日
 この日は早朝連れが「お腹が痛いから医師会病院行く」と言って支度を始めた。一人で行けるというのと眠かったのでその後もうとうとしてしまい、9時過ぎにハッと気づいて起きると連れが出かけた後だった。心配だったのでメールで「今おきた、俺もそっち行くから」とすると返事が来ない。待っているのか処置中かわからないのと、帰りに買い物をしたいと言っていたので、そのままソファで転がってメールが来るのを待つ。結局メールが来たのは12時少し前、「まだ病院で点滴室にいる」というので、こちらも病院へ出かけることにする。タクシーを拾い、病院の処置室へは12時半頃着いた。連れはまだ点滴を受けていた。今日診察してくれた医者はS村といい、この病院の先生じゃなかったみたいだ、という。それも意地が悪く、診察まで2時間待たされた挙句、いつもの痛み止めと薬を貰いに来たといっているのに、有無を言わさずレントゲンだ血液検査だと言い、検査が出るまでまた待たされ、連れもいらいらしたので「前に國分先生に見ていただいたので」というと「あっそう、じゃあ明後日来ればいいじゃん」とか抜かしたそう。レントゲンには血腫なのか、かなり大きな影が映っていて、連れもさすがに驚いたという。そのS医師も「何だこりゃ」と言っていたそうだ。医者が何だこりゃ、はないだろうが。もうホンットに病院での不愉快な体験は枚挙に暇がないし、慣れっこだとはいえいい加減にして欲しい。
8月某日
 夜9時過ぎに志村警察のSという知能犯担当の刑事から電話。O氏が俺を告訴をしたという。告訴をされた以上は受理しなければならないから、事情を聞きたいから来いという。刑事は明日から九月まで夏休みに入るというのでそれ以降と言われたが、俺の方から「今日これから伺います」と言い、警察へすぐ行くことにする。俺はO氏からの手紙を資料として持って行こうと探したが、最近の分しか見つからず、しょうがないのでそれだけ持って着替えて出かける。連れは心配していたが「大丈夫だから」と言って志村警察署まで行く。

 警察署の前で番をしている警察官が「どちらへ御用ですか」というので「三階の刑事課に呼ばれてるんですが」と言うと、中に入って受付へ行ってくれというので入ると、入り口でタバコを吸っていた警官がやはり「何の御用?」と聞くので、同じことを答える。すると誰だというので「Sさんです」と答えると、「Sは休みじゃなかったかな…」と言いながらそばの内線電話を取り、3階に電話するとすぐ了解したようで、「じゃあエレベータであがってください」と言われる。

 エレベータで3階まで上がり、薄暗い入り口から刑事課と書かれた部屋に入ると、メガネをかけた俺と同年代くらいの刑事が一人おり、「Sさんは…」と聞くとその刑事が右手を軽く上げて「どうぞ」と椅子を指差した。入って椅子にかけさせられ、名刺を渡す。S刑事は分厚いファイルをどん、と机に置き、事情聴取が始まる。そのファイルはO氏が送付してきた今回の告訴の資料で、自分が発信した手紙や俺の手紙のコピー、共同で運営するはずだったサイトのプログラムを発注したK君宛のO氏が出した内容証明や領収書のコピーなどがファイリングされているものだった。

 刑事はそれらを読んで、俺がやったこと=つまりO氏の口座から自分の口座に一時的とはいえお金を移動したことは告訴されれば事件として取り扱わざるを得ないから、「今後あなたを被疑者として扱いますから」と言われた。「都合の悪いことは言わなくていいけれども、嘘はつかないようにね」とも言われる。O氏の送ってきた手紙の複写と、最近の俺の手元にある手紙をつけ合わせながら、ことの成り行きを説明する。O氏は自分に都合の悪い部分は間引いて送ってきているようだった。刑事は電話でも「あなたは初犯だし弁済もしているから、まぁ起訴はされないと思うけど、それは検事が判断することだから」、「本格的な捜査は9月から始める、自分は明日から夏休みになってしまうから、その間に資料を用意しておくように」と用意するものを書き出された。俺の身上関係や事実関係の説明、O氏との関係の顛末などの書類を書くようにと。

 O氏が横領だと主張しているサイトのプログラム経費の件は、その場でプログラマのK君にS刑事が電話をかけて事情を聞いてちゃんと発注され受取っていることを確認、「事件性があるのはあなたが引き出した分だけだね」ということで、使途と理由を説明する書類なども用意するようにと。さらに、こちらが発信した全信書と、向こうから着信した全信書を複写しておくように、ということ。事情聴取が終わると11時を過ぎていて、S刑事は「あなた本籍はどこなの?」というような世間話をしながら階段で1階の入り口まで見送ってくれた。タバコを吸いながらとぼとぼ歩いて帰る。

 確かに自分がO氏からお金を事後承諾で借りてしまったことは、横領だ窃盗だと言われればその通りかも知れないが、返済は済んでいるし、何度も謝罪をした。それなのに告訴という最悪の手段に訴えたことに、正直言うと心外だった。今回の発端はO氏がある事情で服役してしまってから、無償で頼まれごとを困っているだろうとやってあげていて、その流れの中で共同でビジネスをやろうということになったわけだ。もちろん自分が招いたことで悪いことは悪いと思っているが、心情的に客観的に見れば、それくらい許してやれよ、と誰もが思うんじゃないだろうか。俺が好意でやってきた膨大な量のタダ働きに対する報いがこれかよ、と。それにしても面倒なことになったなぁ、とタクシーを拾って帰宅。

 家に帰ってO氏からの信書を探すと袋が見つかり、重ねると薄い便箋が数十センチになっている。これらを全部コピーするのかと思い頭がクラクラした。
8月某日
 今回の告訴について相談した知り合いの弁護士さんから電話。弁護士さんは「そんなんよく刑事が受理したねえ」と驚いていた。「刑事さんは告訴状が来た以上事件として捜査しないといけないと言ってました」と言うと、「そんなことないよ、きっと何か圧力使ったんだろう」と言っていた。なるほど、告訴状が来たからといっていちいち事件として扱っていたら警察も持たないだろう。弁護士さんも「仮に送検されたって検事が絶対起訴はしないと思うよ」と言ってくれた。結局9月になったら、一度相談しようと言ってくれた。とにかく気が重い。
8月某日
 気晴らしに録画しておいたBS2「カーペンターズ・フォーエヴァー」を見る。何年か前に見たやつだろうと思ったら、それとは違うものだった。2時間だったが、似通った曲が多く、もうちょっと選曲を考えて欲しかったのだが、リチャードの家族が見られたり、ヨーロッパ公演の珍しい映像もあり見ごたえのあるものだった。
8月某日
 今日もなぜか異常に眠く、起きたのは11時半頃。今日は連れが医師会病院の勝呂先生と1時からの約束というので一緒に行くことにする。診察の予約という形だったようで、診察券を出して待つように言われる。すぐに勝呂先生が来てくれ、一緒に診察室へ入り、お話を伺う。

 勝呂先生は優しく、丁寧に説明をして下さり、連れもずいぶん安心したようだった。手術で神経を切ることは確かによくあるが、通常神経というものは切られたところが無感覚になるもので、痛いというのは幻痛という場合が多いという。そのことを「私は絵が下手だからなぁ」と苦笑しながら、メモ用紙に鎖骨や肋骨の絵を描いて説明してくださる。要するに気にしすぎることもある、文字通り神経質になった結果も多いのだということ。連れのように七転八倒するような激しい痛みは確かに珍しいが、確実に治ってきているわけだし、逆に一時の痛みを抑えるために強い麻薬系の麻酔を常用していたら、依存症などもっとまずい状況にもなっていたかも知れない、ということ。「だいぶ顔色も良くなったし、ご飯が食べられて夜眠れるようならもう大丈夫ですよ」と言って、連れの両手を握って励まして下さる。こないだ連れが國分先生にお願いし忘れた、座薬のボルタレンを10個処方してもらい、お礼を言って診察室を出る。

 我々患者が医師から欲しいのは正確な診断や適切な治療はもちろんなのだが、こうした信頼感や安心感なのではないだろうか。そういったものを感じるのは医師の誠意ある説明であったり、やさしい言葉であったり態度であったりするのだ。素人は黙ってろ、お前に何がわかる、黙って医者の言うことを聞け…そんな不遜な態度の医師や看護婦、あるいは病院の職員などに、これまで何度も何度も嫌な思いをさせられてきた。勝呂先生はご自身も高齢になり、お体だって自分たちよりも心配なところがおありだろうに、親切にこうして対応してくださるのは本当にありがたい。「手当て」という字の通り、患者の手を握り「大丈夫、治るから頑張りましょう」と言ってくれるだけで、どれだけの患者が安心し、助かることだろうか。
8月某日
 紙は自前で用意するということでジャナ専がコピー機を使わせてくれるというので、O氏からの書類と自分が出した書類のプリントアウト、さらにコピー用紙という大量の紙を持って出かける。学校の事務室にお礼のお菓子を渡して、2時間ほどコピーにかかりっきり。それでもソーター付のコピーで大助かり。
8月某日
 WOWOWで深夜「岸和田少年愚連隊」をやり始めたので、ついつい見てしまう。ナインティナインの二人が自然な演技でどうしようもない不良の中学生から高校生を演じており、それは好演といっていいのだが、それだけの映画だった。

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