デジタルG編集長日記
2003−3
アカペラブームはいいが下手クソは消えろ。頼む。
3月某日
買い物に行ったついでにDVDとビデオを借りて来たので見る。DVDの「サイン」はメル・ギブソンのトウモロコシ畑に突然出現したミステリー・サークルに端を発して宇宙人との接近遭遇が…という予告を見て、観たかった映画だった。だが借りてきて見たのでは、期待していたような映画ではなかった。牧師だったメル・ギブソンが妻を交通事故で亡くしてから信仰を失ったが、ミステリー・サークル出現から侵略者たる宇宙人に食われないように(笑)子供と弟と一緒に家にたて篭るというもので、家に侵入してきた宇宙人から逃れたり撃退するという過程で何か大いなる見えない力が働いて助かる。具体的には妻が死ぬ間際に残した言葉や、娘が偶然あちこちに置いておいた水の入ったコップというものが作用して撃退に成功するのだが、それを通じて偶然というものはなく、最後にはまた信仰を取り戻すというもの。従ってこれはSFというか、宇宙人との戦いという破天荒な設定を持ってくる必要性に疑問があった。
続けて観たスター・ウォーズの方はまぁ期待通りというか、それ以上でもそれ以下でもなかった。CGは凄いしヨーダの戦闘シーンの動きがナイスで面白かったが、やはり大元のスター・ウォーズの前の話だという了解の上で観ないといけないわけで、ここまでスター・ウォーズ全体を広げてしまうと単体の映画として見るのはどうなんだろうね、という感じ。我々スター・ウォーズ世代というか、一作目を衝撃を持ってリアルタイムで観た世代からするとなるほど、と第一作につながっていく箇所が随所に見られるのはいいけど。それにしてもDVD観た後のビデオの画質には閉口。特にレンタル屋のだからか、借りまくられたものだからか、細かい画像の荒れや時折走るノイズが気に障ってしょうがない。
3月某日
いつも履いているデカ靴の右側つま先がはがれていたので修理してもらおうと、袋に入れて持って出る。連れも一足踵が磨り減ったのを交換してもらうことにする。スーパーのカギや靴の修理屋へ。俺の靴を見せると、おっさんがつま先が完全に剥がれて、中じきの部分もはがれているから、接着できません、という。それに靴底もぱっくりとひび割れている。道理でここんとこ雨が降ると右足だけぐっしょりと水が染みると思った。ていうか早く気づけ自分。でもう捨てるしかないねと諦めた。この靴はイタリア製でつま先が四角く広がっていて楽なもの。2万円もしたのでガックシ、であるが実際履いていてこれほど楽な靴はこれまでなかったというくらい履き心地の良い靴だったのに。つま先が広いということは足の指が通常の靴のように左右から圧迫されることがなく、長時間歩いても疲れない。またこれと同じ靴を買わねば。誰か金くれ。
3月某日
ショップサイトを依頼されているクライアントのKさんとHさんと食事をする予定だったので、東新宿まででかける。風邪気味で喉が痛かったのだが、それよりこの日は物凄く寒く、夜には雪になるかもという予報。こんな時に限って待ち合わせ時間よりちょい早めに着いてしまう。どこかへ入るほどの時間もない。出がけは小雨で傘を持ってなかったが、冷たい雨がぽたぽた降ってきて恐ろしく寒い。10分ほど待って時間になり、KさんとHさんが来る。風邪ぎみだというと「あったかいもの食ってキューッとやれば治りますよ!」と豪快なことを言われる。
歌舞伎町のふぐ料理の店でふぐのコース。本来こっちが接待せねばならない立場なのに、ご馳走になってしまった。いやはや何とも豪勢なご馳走でありました。
3月某日
詩人の井坂洋子さん夫妻と池袋で食事の約束の日だったので、連れとでかける。コースを4人前頼み、ビールで乾杯の後は紹興酒のあったかいのにざらめを入れて乾杯。お腹が一杯になったとはいえ締めは普通の杏仁豆腐で何の工夫もなく、珈琲すら出ない。そういや前菜もなかった。何がメインだったのかよくわからないコース。普通5000円も出したらゴージャスだと思うじゃん、とちょっとガッカリ。それでも楽しく会話して過ごし、9時頃店の前で別れる。帰宅後は「ブラックワイドショー」見て2時頃寝る。
3月某日
昨日あたりから右足が座ってて痺れたような弱い麻痺感覚がずっと取れず、心配。脳の血管が詰まったりするのなら右半身全部が麻痺するはずだし、変だなと思ってて、ハタと気がついた。そういや靴が変わったんで、左右長さの違う右足に微妙に負担がかかってこうなっているのだ。今はしょうがなく昔のハーフブーツを履いているのだが、つま先が広がっていた前の靴に比べて以上につま先がとがっている。もちろん足は痛い。それに俺の場合手足の表皮が薄く、長時間歩くと足の裏に水ぶくれが出来る。なので庇うようにして歩くので、どうしてもどちらかの足に負担がかかっていたということだろう。早くあの靴買わなきゃ。誰か金くれ。
3月某日
連れの本の打ち合わせで某版元の編集Aさんと、外部編集者のYさんが来る。お二人共、特にYさんは無類の猫好き。打ち合わせをしつつゲラをもらって装丁や中の写真、イラストなどについて打ち合わせ。お茶を飲みながら最近は本が売れないとか、若者が本を読まないとか、もともと読まないような「脳みそツルツル」はどうしようもないとか(笑)話す。俺の持論の一つに、「車のマフラーの直径とその持ち主の知能は反比例する」というものがある。本当だよ。
3月某日
函館のお袋と電話で話す。お袋は頼んでもアニキが全然雪かきをしてくれないので自分でやったら転んでしまい、脚の小指を骨折したかと思うほどぶつけたという。腫れ上がって歩けなかったので、一週間店を休んだというので驚く。年取って脚折ったり悪くしたりして動けなくなるとてきめん体力が落ちる。体力が落ちてますます動かなくなるとてきめんボケる。幸いお袋は骨折ではなく腫れもひいてきたというので安心するが、兄貴もせめて雪かきぐらいしてやれよ。
3月某日
YちゃんがM、赤ん坊のSを連れて遊びに来る。Yちゃんは昨今のデジカメブームの中、一眼レフでちゃんとした写真が撮りたいというので、俺のEOS-5と三脚やらレリーズやら各種レンズやらを一通り貸してやることにした。ついでにカメラの講釈もする。こう見えても一応写真の通信講座は受けたし、一時キャノンサークル会員(笑)であった。次の日はマックに行って浮間公園に行く予定だったので、朝起きて支度し、11時前に車で出る。公園の脇に車を止め、マックでハンバーガーなどを買って公園へ。天気が良く温かい。マック食べた後公園の中の公園でMをブランコに乗せたりすべり台すべらせたり、Yちゃんはさっそく一眼レフで撮影したり。そうしてのんびり過ごして、夕方俺は打ち合わせがあるので東新宿へでかける。
帰ってくると連れは布団で寝ていた。やはり幼児と赤ん坊のパワーは凄い、前の晩からだったので疲れたのだろう。
3月某日
今度はMちゃんからメールが来て、旦那と二人で食事に行くので年末に産まれたYを預かってくれという。俺は連れが疲れているようだったので断ればと言ったのだが、結局預かることに。
3月某日
ジャナ専の卒業式。実は式後のパーティには数年前一度出たことがあるのだが、式に出るのは97年春に講師になって以来初めて。担任のクラスぐらい最後にちゃんと送り出してあげないと。朝起きてネクタイを締めて髪をなでつけて、とやっていると連れがビデオを持ち出してクスクス笑いながら撮影している。撫で付けた髪と黒の上下の風貌が「ヤクザみたい」だと。
10時に式が始まるとのことだったが会場に着くと10分ほど遅れた。式はつつがなく進行し、11時半頃終わって、生徒たちと我々も退場。一旦編集科主任の荒瀬先生と話しながら控え室に行くことになる。荒瀬先生は歩きながら「これから一旦生徒たちを控え室に移動させて、その間にこの部屋でパーティのセッティングをするんです」と説明してくれる。控え室に科別に移動させたところで、今度は一人一人に卒業証書を手渡すのだということで、荒瀬先生は「3組は白取先生がお願いします」と言ってくれる。控え室でコーヒーでも飲もうかと思うが俺が一番の若輩なので、皆に「コーヒー飲みますか」と聞くとほぼ全員が下さいというので、淹れていると自分のカップがなくなり、しょうがないので湯のみで飲んで鈴木邦男先生と久しぶりに話そうとしていると、「卒業証書渡しますから」と言われ、生徒たちの控え室に移動。
パーティまでけっこう時間が余ったので「引っ張ってください」と事務の人に言われるが、荒瀬先生は1組から結構事務的に配っていって、15分ほどで2組まで配り終えてしまった。本当は1組が荒瀬先生で2組はもう一人のDTPを教えたという先生が配り、3組が俺という段取りにしたのだが、2組までなぜか荒瀬先生がやってしまったので、その先生が浮いてしまった。その人は俺の担任の3組を教えたそうなので、じゃあ一緒に配りましょうか、と言うことにした。マイクで俺が一人一人名前を呼び、出てきた生徒にその先生が証書を渡してもらうことにして始める。証書を渡した後俺は一人一人に「就職どうなった」「やっぱり実家帰るのか」などと聞きながら、最後には全員と握手をした。
その後のパーティでは、講師たちの席には一度も行かずにずっと担任の教え子たちとテーブルを囲んでいた。卒制誌で編集長を努めたKさんが「先生、2年間ありがとうございました」と言って「女子一同からです」と小さな花束をくれた。感激。その後は無礼講でいやはや飲まされること飲まされること。俺だけでビール大瓶5,6本はつがれている。2時間近くひたすら飲まされ続けた。最後の方にY君がマイクで「白取組、写真撮るから壇上へ!」と声をかけ、3組が壇上へ集合。6,7人分のカメラで集合写真。卒業式は担任を持つようになってからでさえ初めて。もう7年目になるというのに今までパーティに一度出ただけだったのだが、担任なんだからやっぱり出るべきだったと反省。今までは俺の担任の生徒たちは「白取組、集合!」なんて卒業式恒例の集合写真を撮りたくても担任が欠席だし、パーティでも所在なかったろうに、とかわいそうなことをしたと思う。そんなこんなで盛り上がって、いい気分でパーティが終わった4時頃ホテルを出て、電車で帰宅。アメリカがイラクにつきつけた「最後通牒」は時間切れとなり、明日は起きたら戦争か、と思いつつ2時頃寝る。
3月某日
一日中家にいる。朝10時頃起きてTVをつけると、アメリカがイラクに巡航ミサイルトマホークを打ち込んだようだ、というニュース。ずっとイラク関係のニュースを見ていた。夕方連れがご飯を炊いてくれたのでおかず何にする、と言うと連れはお腹が空いていたはずなのに腹が痛そうにしている。仕方がないので俺が牛肉とキノコの炒め物、サーモンのバター焼きなどを作る。TVを見ながらガフガフと食うが、連れは食欲が無いと言っておかずをほんの少しとご飯を一口二口食べただけ。
3月某日
ショップサイト構築の打ち合わせで、プログラマのK君が車で迎えに来てくれる。東新宿のクライアントの事務所で、こちらはWEBのデザインや文言、商品紹介などについて打ち合わせ。K君の方はショッピングカートシステムやデータベース連動の顧客管理ツールなどの打ち合わせ。その後は帰りがてら送ってもらう。K君は柏時代に親しんだ「ホワイト餃子」の支店が「蓮根にあるんですよね」というので俺場所知ってるよというと行きたいというので、連れに「清竜丸でも行こうか」と電話して、まずホワイト餃子へ向かう。祭日だが幸い開いていたので、K君は30個も購入。んで舟渡まで行ってもらい、連れを拾って「清竜丸」へ。お疲れさんで一杯飲む。帰ってくると連れは寒気がするという。風邪かも、と言うので寝かせる。
3月某日
池袋で某版元のサイト構築の件で、旧知のNさんと部下の人と会う約束があったのだが、その前の区役所での用事が遅れた上に、乗ったバスが大渋滞。ていうかタクシー使えよ自分。4時の約束が着いたら5時。遅れますとは連絡したものの、さすがにちょっとムッとしていたようすでひたすら恐縮、平謝り。その後はサイトデザインと内容に関して打ち合わせ。一度デザインカンプを提出することになる。
3月某日
一日中ショップサイト構築、版元サイトのカンプ作りなど。
3月某日
連れがこないだ「清竜丸」のマスターと話した時に、荒川の土手でつくしを採りに行こうと言っていたが、ゆうべ「明日行きたい」と突然言い出す。朝連れがマスターに連絡すると11時頃マスターと勝ちゃんがバイクでマンションに来たので、ちょっと上がってもらってコーヒーを飲んで一服。土手まで4人で歩いていくことにする。
ぽかぽかといい陽気で、リネス駐車場の桜は5分咲きというところ。公園へ向かうとステージで何やらベンチャーズみたいの演奏してるし、屋台がずらりと出て大花見大会になっている。俺は腹が減ってたので何か食いたかったが、とりあえず土手に行くことにする。公園の奥で蛇イチゴを見るがまだ実はなってなく、土手に行って斜面をはいつくばって皆でつくし狩り。けっこう足腰に来る。小一時間ほど休憩も挟んで頑張って、ビニル袋に採ったつくしを入れて、公園に戻る。
俺らはラーメンを並んで買い、マスターらはヤキソバやたこ焼きを買い、ダンボールを敷いて座って花見。楽しく過ごしてマンションまでそぞろ歩いて戻る。リネス横の桜は行きに通った時より明らかにほころんでいて、八分咲きくらいになっていたのでびっくり。またコーヒーをふるまってしばらく4人でTV見たりした後、4時過ぎに二人は帰って行った。春を満喫、の一日でした。