★一食抜いてもぜひどうぞ。
「道徳の時間」
辛酸なめ子著/三才ブックス刊/本体1050円(税込)
A5判並製/184ページ/ISBN4-915540-68-5 C0979
4月某日
朝は連れが一旦起きたようで、俺も起きるが寝直して、11時頃起きる。連れはまだソファでぐったりしていて、調子が悪いという。動悸がするらしく、救心を飲んで横になるといって寝室に入って行った。俺は学校なので1時過ぎに支度をし布団に横になっている連れに「大丈夫?」と声をかけると「大丈夫」と言うが明らかに元気がない。「今日はずっと休んでな」と言って心配だがそのまま学校へ行く。
雨がサーっと降っていて、少し小寒い。学校に着いて講義資料を出し、1年生の講義のため教室へ。
簡単に自己紹介をして、話の導入に「さて今時漫画なんか読まないってバカタレはいないだろうな」と軽く振ると、男子生徒が一人腕を組んだまま「いいんじゃねえのか!」と俺を睨みながら言う。
「今言ったの誰だ」と言うとしばらくトボけてたがようやく手を挙げる。口の利き方を知らねぇガキだ、とここで以前ならもう一度警告して態度が変わらなければ鼻の骨を叩き折っているが、まぁ相手はまだ子供。俺は講師だ。なぜ漫画を読まないと編集業界でバカなのかを皆にもとくとくと説明。
漫画は他の映画や文学、音楽、絵画などと並ぶ立派な表現手段だ。もちろんそれら同様優れたものも下らぬものもあるだろう。だがしかし、出版あるいは編集というメディアの送り手の側で仕事をする以上、それぞれの表現の中で優れたものには触れていて欲しいし、事実以前ここにも書いたようにいい映画を一本見るのに匹敵するか、あるいは凌駕するような優れた漫画だっていくつもあるのだ。それを最初から読まない、と否定しているようではそういった優れた表現に触れる可能性を自ら閉ざすという、つまりは愚かな行為=バカタレであるということだ。いまだに「自分は漫画のような子供だましは読まない」と公言する活字信奉者が存在するのかどうかはともかく、そういった意味で言っているということをみっちり話す。ところがこともあろうに俺に怒鳴った生徒は途中から寝てしまったが、その他の男子は概ね途中から俺が熱心に話すせいか、話に説得力を感じてもらえたのか、ちゃんと聞いていた。やれやれ、というところ。俺だって人間、フラストレーションは溜まる。もともと性格は短気で喧嘩ぱやいのは欠点ながら、無性に誰かを叩きのめしたくなる今日この頃。やばいなあ。
こういう日は間が悪い。
学校の後クライアントさんの事務所でK君と再びプログラムの確認。今度は完成していたので、あとは使いながらカスタマイズするなり、追加修正するなりとお願いして事務所を出る。池袋まで送ってもらい、あとはぶんか社のT君と打ち合わせの連絡待ちだな、と思ってると連れから電話。どうした、と言うと「実は今朝下血して、上からも血を吐いた」というので驚く。「何で言わなかったの」と言うと「今日は大事な仕事と学校の日だったから、姉貴に電話して来てもらってるから」と言う。すぐにお姉さんに代わってもらうが、こっちは9時過ぎに打ち合わせとゆうべ言われてたので、10時過ぎまで戻れないから先に帰ってもらっていいです、と言う。連れ俺が帰り次第病院へ連れて行きます、ということにする。明日の朝でいいと連れは言うのだが、朝病院へ連れていったのではたいしたことのないジジババたちがごっそりいる中で延々待たされるに決まっている。それなら夜に救急外来へ行った方がすぐ処置してくれるからだ。ともかくT君から連絡が来るまで帰れないので、心配だったが池袋で時間を潰す。
10時頃お姉さんから「もう帰ります、よろしく」とメールが入る。T君の方は前の打ち合わせが押しているのか連絡もないので、タクシーを拾って自宅へ向かった。11時前には舟渡に着いたので、急いで家に帰る。連れは布団に入っており熱が9度もあったというのでびっくり、やはり救急で病院に行こうということにする。入院の支度はお姉さんが済ませてくれていた。すぐに医師会病院へ電話し名前と診察券の番号を告げて症状を言うと、当直の婦長さんらしき人が親切に対応してくれ、じゃあすぐに連れてきてください、と言う。救急車を使ってもいいですか、と言うと構いませんというが、一応タクシーの配車を聞いてみる。しかし数社聞いてもこのアタリにはないというので、もうしょうがないと119番。
その間に医師会病院の勝呂先生に救急で今から連れていくという旨メールを入れ、救急車を待つと電話がかかり、救急隊が症状を聞いてきたので告げる。もう来るな、と思ってるとサイレンが近づいてきて前の通りで止まった。ところがなかなかドアフォンが鳴らないのでアレと思ってると止まってから5分くらい経ってようやく呼び出しが鳴った。ともかく部屋に入った救急隊は心拍数や脈を取り、体温も測りながらてきぱきと担架を車椅子状にして連れを運び出す。俺は戸締りをして、ボストンバッグと自分のカバン、さらに救急隊が「これもってきてもらえますか」と言われた物凄く重い機材が入ってるらしいバッグを持たされ、俺だけ階段で下に降りる。エントランスのところに動くベッドが用意されていて、車椅子担架から移し、救急車へ運ぶ。俺は外に出たが救急車がいない。聞くと、隣のマンションと間違えてそっちに停めてしまったというので、そこまで歩いて、連れが搬入された後に俺も乗り、医師会病院へ向かう。バス通りはガラ空きで、10分ほどで到着。
救急外来で診察券と保険証を出し、診察室へ。当直の医者は見たことのない茶髪の短髪の若い医師だった。救急隊から簡単に症状を聞き、救急隊の出した用紙に書き込んで返し、連れを問診にかかる。俺は救急隊にお礼を言って婦長さんと医師の会話や連れへの問診を聞いていたが、しばらくして点滴になり、俺に婦長さんは「じゃあご主人は外でお待ちいただけますか」と言うので外の椅子で待つ。
どれくらい待ったか、しばらくして婦長さんが「入院になりますから」と言って持ってきた用紙で受付を済ませ、これからレントゲンを取ってそれから病棟へ行きますというので、またしばらく待たされ、ようやくベッドで運ばれてくる。二階のレントゲン室の前でまた15分か20分ほど待たされ、「じゃああとは病棟へ行きましょう」と言うことになり、エレベータで5階へ。こないだまで連れが入院していた病棟の、ナースステーションの横にある重篤な患者が入る部屋しか空いてないそうで、そこに入れられた。
看護婦がいろいろ問診をしてるのを聞いて、連れが「水買ってきて」と言うのでペットボトルの水を下まで行って戻ってきて、しばらく問診が続き、最後にようやく「じゃああとは明日」ということになった。水は飲んでもいいですか、と連れが聞くと、ダメということ。しばらくまた「禁飲食」らしい。そんなこんなで1時頃になり、もういいよ、と言うのであとは看護婦さんにお願いして病院を出た。
4月某日
前の晩帰宅した後はクライアントから貰った新たな追加データを開いて修正したり、サイトの画像を修正してftpなど。ftpもうちは64kなので遅い遅い。ところが全部アップして確かめてみるとエラーがあったりアップしなおしたり、であっという間に4時15分だ。疲れた。
その後一旦寝かけるが、うとうとしたところで猫がドタバタとやってるので目が覚めてしまい、結局起きて別の仕事にかかってしまった。こちらのデータは32メガもあるので、画面を作ったり作業をしてデータのアップロードで…とでもう何と9時。もう寝られない。ソファで30分ほどうとうとしただけで学校へ行く。さすがに朦朧として眠いのと疲れたのでフラフラする。それでも2コマ講義を終え、病院へ行くので帰途につく。ところが転倒して大怪我。転倒して。転倒だよ。喧嘩ではないですよ。結論から言うと右手は使えなくなり、上唇、左ヒジ、ヒザ、つま先なども打撲。転倒です、ええ。
予想しない怪我をしてしまったが、病院で処置をしてもらい、連れの病院へ行く。連れはまだ病室は空かないということで依然ナースセンター横の重病人部屋で、座る場所もないし怪我もしてるので、悪いが荷物を渡してすぐ帰る。
4月某日
前の晩徹夜明けだったので爆睡。ちなみに左ヒジ、ヒザ、つま先は自分で何とか消毒をして薬を塗り、包帯を巻いた。携帯の目覚ましが9時半に鳴るまでぐっすり寝た。とにかく左手一本なので何もかも不便極まりない。だいたい顔を洗うのも一苦労だ。さらに歯を磨こうにも唇をちょっと開けるとパクッ、と傷が開いて血が出てしまう。それに服を着るのも大変だ。右手はじんじんと激痛がある。医師会病院へ行き、まず整形外科で自分の怪我を診てもらうので受付。例によって1時間以上待たされて、右手の処置の時間はたったの5分程度。この処置がまた痛いこと。連れにちょっと顔を見せてから学校へ向かう。
事務室へ顔を出すと事務のOさんに「大丈夫ですかぁ?」となぜかちょっと笑いながら言われる。まぁマヌケな格好なのでしょうがないわなあ。ともかく「こんなことになっちゃったので明日のバスハイクは無理ってことで」と言うと、やはりここまでのケガとは思ってなかったようで、「じゃあ学生センターの方へ言ってもらえますか」と言うので、足を引きずりつつ学生センターへ。で同じことを言うと、奥にいた人が出てきて、お大事にでも大変ですねでもなく、「ああそうですか…」と渋い顔。で俺が「すみません」と頭を下げると、苦りきった顔のまま「…わかりました、じゃあこっちの方で何とかしてみます」。要するに俺が行くと言ったのでバス会社に料金を払ってしまったのがもったいないということなんだろうなあ。申し訳ないです。担任が行けないと1年生の子らも面白くないだろうか。それとも逆に良かったりして。
次の時間の講義のために第二校舎の方へ移動すると、講師で職員でもあるH先生が「地元のヤクザとケンカしたんじゃないですか」と言うので、「くれぐれもヘンなこと言いふらさないでくださいよ」と皆で笑う。転倒したんです。転倒。
学校の後連れの病院へ行く。病室が空いたので移ったとメールが来たが、2月に入っていたのと同じ部屋で、窓際だった。窓の外は向かいの病棟が見えるだけでたいした眺めではないが、廊下の脇よりは格段に気分が違う。TVを一緒に見ながら弁当を食い、8時ころ病院を出る。
4月某日
自分の処置のために家の近くの外科へ行き、その後病室に着くとお姉さんが来てくれていた。連れはずいぶん元気そうだったが、顔色はまだ白い。お姉さんはその後30分ほどで先に帰って行った。そうこうしていると勝呂先生が来てくれる。奥さんが熱を出して昨日まで休んでたということで、俺が救急車で運ぶ直前に出したメールを今日見たと言って来てくれた。勝呂先生に椅子を譲り、しばらく去年の手術を執刀したT病院のN医師のことなども話す。その後連れが夕飯を食べ終わるまで居て、7時45分頃病院を出る。連れは下まで見送りに来た。
4月某日
この日も26度を超える猛暑となった。ぶんか社のT君の仕事で、2年生の渡辺君をバイトにお願いしたのだが、その打ち合わせなどをメールでやりとり。便利な時代になったもんだ。病院にいる連れとも携帯メールで連絡が取れるし。仕事の算段をしていると連れから電話が入る。女医のT医師が病室まで来て、かなり無礼な仕打ちをされたと憤っている。詳しく聞くと怒るのももっともな話だったのだが、病院へ行ってもうあと二、三日の辛抱だからとなだめる。夕方から夜にかけてはエクセルで仕事。その後WOWOWの「コレリ大尉のマンドリン」を録画しつつ見た。ニコラス・ケイジとペネロペ・クルスの主演。相変わらず右手が使えず不自由しているが、こんな時に風邪をひいたようで鼻水と咳が出る。1時過ぎに休む。
4月某日
この日は連れに外出の許可が出た。俺は風邪のようでだるく、布団に入ったままうつらうつらしていると11時半頃玄関が開いた気配で目が覚めた。するとYちゃんと連れのお姉さんがガチャリと寝室まで入ってきて、「ありゃ、寝てる」と言う。携帯にも家に電話しても出ないし、玄関のカギが開いてたから風邪で倒れてるのかと思ったというので、慌てて起きて支度。昨日より風邪の具合は悪く、鼻水と咳も出る。弱り目に祟り目とはこのことだ。顔洗ってからお姉さんと3人で一服しつつ、連れのことなども話して、12時過ぎにYちゃんの車で近所のファミレスで食事をし、一旦家に戻ってきてお二人は家の掃除をしてくれる。何せ連れが入院してすぐ俺はケガをしたので、掃除はおろか洗い物さえ出来ない状態で、家の中は大変なことになっていた。二人ともくるくると掃除をしてくれ、一段落した3時過ぎに病院へ。
服や靴を持って行き、連れに着替えさせる。Yちゃんは連れへのお見舞いに、小エビが数匹入った小さい水槽。それは連れが偶然何かで見て「これ欲しい!」と言っていたもので、喜んでいた。病院を出てケーキを買い、一旦家へ戻ると4時15分。ケーキ食べてお茶飲んで話した後、Yちゃんが台所の片付けの残りをやってくれ、皆で食事をしようと出る。6時半過ぎまでゆっくり中華料理を食べて、看護婦さんへドーナツを買い、7時ちょうどに病院へ戻った。すぐに看護婦さんが血圧と体温を計りに来た。15分ほどしてすぐに俺らは帰ることにし、帰宅7時半頃。その後は右手の痛みを堪えつつそろそろとキーボードを使ってぶんか社の仕事の続き。右手はチリチリと痛む。
4月某日
前の晩は1時頃寝たが、夜は風邪のせいもあるのか久々に小寒く、1時近くまで寝てしまう。起きると鼻は黄色い粘り気のある鼻水で詰まっていて、喉も昨日よりひどくなっていた。おまけに怪我した右手はチリチリズキズキと痛む。連れは退院のメドがついたので、明後日お姉さんが来てくれるからその日にしようという連絡が入る。今回は早く連れて行ったので、輸血もせずに落ちついたようでよかった。
その後俺は自分の手の処置に近くの病院へ。痛みが治まらないというと、痛み止めの処方をくれた。隣の薬局に処方箋を出して受取ると、ボルタレンだった。連れが去年神経痛で苦しんでいた時の座薬と同じ薬の飲むタイプのもの。
帰ってから飲むと、ピタリと痛みが止まって驚く。こんなに強い薬だったのか知らん。去年連れが手術後の神経痛で七転八倒の苦しみの最中は、ボルタレン座薬でも全く効かなかったのだが。
寝る前に小腹が空いたのでコンビニで買っておいたおにぎりを剥いて食べようと思ったら電話、12時過ぎなのでぶんか社のT君しかないなと思ったら案の定。打ち合わせをして一旦消したパソをつけて、打ち合わせをして戻るとおにぎりが消えている。ありゃ?と思って見ると、シマが床に落として一心不乱に海苔を食っていた。脱力。もう一個のシャケにぎりを食ってすぐ寝る。
4月某日
学校なので池袋へ。東口のバス停に到着すると時間に多少余裕があったので、凄い行列だった一台目のバスをパスして次のに座る。俺が一番前に座っていると、二人くらい後のおばはん…といっても俺くらいの歳か、女がヘンな目つきでバスカードを挿入口になかなか入れられずクニュクニュしている。見るとはなしにというか、目の前なのでじっと見ていると女はやっとカードが入って乗り込むと、俺の視界の後ろに消えた。次々と後続の客が乗ってきて、一段落したかというところで車内中に大音声が響いた。さっきのおかしい女が絶叫したのだ。何やら文句を言っているようだが、誰に対してかがよくわからない。本人もよくわからないのかも知れないが。
運ちゃんは思わずギョッとして後ろを振り返り女の方を見て、しばらく凝視していると、またもやその女が大声で何やら意味不明のことを怒鳴る。運ちゃんは文句を言っているのはわかるが内容がわからないという風情で(俺らみんなそうだが)、マイクごしに「…私ですか?」とマジメに問いかけたのがおかしかった。女は無言で、運ちゃんもしばらく女を見ていたが、運ちゃん視線を横にずらして俺の方を救いを求めるように見たので、俺も目で「…キ○ガイですよ」と語りかけた。運ちゃんも「やっぱりね」と目で返し、前を向いた。しばらくして女は「…謝ればいいんでしょ、
申し訳ありませんでしたッッッ!!!!」と絶叫して、あとは大人しくなった。間もなくバスは定刻通り出て、俺が学習院下で降りる時にチラとその女を見ると、顔を天井に向けて大口を開けて寝ていた。何だかなあ。
帰りは病院へ寄って8時過ぎに帰宅。
4月某日
前の晩は仕事をして2時頃寝る。風邪で眠だるく、目覚ましで9時過ぎに起きても調子が悪い。それでも何とか支度をして、10時20分頃のバスで病院へ。看護婦さんたちへのお菓子などを買い、病院へ。お姉さんがすでに来ており、もう退院の荷造りは終わっていた。今回は短期ということがわかっていたので荷物もそんなに持っていってなかった。会計を済ませて病室に戻り、同室のおばあさんたちにも挨拶をして、下に降りる。タクシーの配車を頼み、10分弱で来たのに乗って家に帰宅。その時点で12時半を廻ってたので、俺は学校へ行くというとお姉さんはご飯食べようよというので、近くのソバ屋に出かける。12時過ぎまで食って出て、お姉さんにお礼を言って駅へ。バスではもう学校に間に合わない。掌の痛みは今日はほぼ消えており、そばも右手で箸を使って食えるようになった。その代わり足のケガがあるのでこのところサンダルを履いていたため、足の裏に水ぶくれが出来て、そっちの方が歩くたびに激痛。もう常にあっちやこっちが痛い。
電車で池袋、バスで学校へ着くとちょうど1時5分くらい前で間に合った。1年生2クラスの講義。3限は担任の3組だったので自己紹介をさせる。Y君という福島出身の子の訛りとしゃべりが強烈でパンチが効いていて、聞いているうちにハマってしまい笑いがこらえきれず往生した。4限は1組で、びっちり講義。
帰宅すると連れは豆を剥いていて、ほうれん草のおひたしと豆の煮付けでご飯。ひさびさの炊きたてのご飯がうまかった。
4月某日
俺の持論「車のマフラーの直径とその持ち主の知能は反比例する」に反論してきた自称「走り屋」がいた。
「F1だって何だって、あの排気音が楽しみの一つなんですよ」だと。
そこが阿呆だと言っとるのだ。バカでかいマフラーで重低音撒き散らしとる「走り屋」君よ、お前らサーキットでやっとるのとは違うだろう。なぜバカかというと、自分はその排気音が快感かも知れないが、それを聞かされる人全てがそうではないのだ、というところに考えが及ばないことがバカだと言っとるのだ。つまり自分さえ良ければ他人の迷惑は考えないということだろうが。いい加減にしろ。全くバカに説教するのにゃ必要以上の労力がいるよ。
前からこういうことは言い続けてきたが、こないだようやく違法改造そのものが摘発の対象になる法律が施行されると聞いた。もっと早くからそうしとけ。サーキット族だのローリング族だのみんな車取り上げりゃ世の中ちったぁ静かになんだろうに。