デジタルガロ改めデジタルG編集長日記
1998−12

 …というかですね、1月にハードディスクをさすがに1.6Gbじゃたりなくなったんで6.4Gbに取り替えたんですわ。そしたら元のHDDがスネたらしくて、セカンダリにつないでもスレーブのマスターにしても「無いもの」としか認識してくれない。そんでまぁ今に至るわけですが、忙殺されて未だに(3月中旬)HDD内のデータは取れないまま。バックアップを取ってあった11月までの分は復活させましたが、12月分以降の日記データが無くなってしまい、思い出しながら今書いとるわけです。スネるなよなあ、HDD。
12月某日
 当デジパッドも資金難。何とか融資を受けられないものかと各金融機関を廻るが全然ダメ。区役所も行ったが法人としての実績が浅いため難しそう。がっくり。
 しかし小渕内閣の緊急不況対策融資の申し込みをしていたのが、審査が通り、知り合いに紹介してもらった信用金庫に申し込むと、何とか保証協会の保証が下りそうということで、ホッとする。これで年を越せそうだ。小渕さん、アンタなかなかやるじゃん! という感じか。って阿呆みたいですが。
12月某日
 今月上旬は融資が決定してからの各書類の準備やらでてんてこまい。加えてこまごまとした仕事が玉突きになって年末進行と重なる。97年もひどい年だったが、98年も経済的にはどん底が続き、唯一借金することが出来た(融資)というのが明るい話題というていたらく。いつまで続くぬかるみぞ。風邪が流行っているようだが、忙しくて風邪もひかない。
12月某日
 いよいよ本格的に青林堂の復旧作業に入った大和堂さん。とにかく未払いの印税が多く、一体旧社員たちは何をやっていたんだ? という感じだ。大和堂さんは作家さんの単行本がこのまま埋もれてしまうのは忍びないということで、今後の新刊や再版の分に関しては当然支払うとしても、これまでの未払いがこれほど多いのでは…とびっくり。版元の営業の仕組み、ノウハウに関してはこちらが度々レクチャーし、営業部は正常に業務を再開できるようになってきた。とにかく例の事件以降、青林堂の受けたダメージは甚大。大和堂さんも大変なことを引き受けたわけで、その努力ぶりには頭が下がる思い。
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