デジタルG編集長日記
1999−1

1月某日
 年が明けて正月気分もあまりないまま、蓮根の自宅と赤羽事務所を統合する2月の引っ越し先用の書類を揃えたり、役所へ行ったりとドタバタ。
 大和堂の蟹江社長と打ち合わせ。復活青林堂の新刊第一号、松沢呉一さんの新刊を編集してくれということ。データはフロッピーで来ているというので受け取る。非常に面白い内容だ。チンコマンコの話はこれまで通り赤裸々というかミもフタもないというか語られているのはもちろんだが、ゴキブリやら死体やら、かなりパワーアップしている。松沢さんと電話でちょっと打ち合わせて、カバーは古屋君でぜひ、という話になったので、さっそく電話で古屋氏に依頼。彼はああいう絵柄だし、手抜きはしない性格だから、スケジュールが心配だったが、何とかやってくれるというので安心。

1月某日
 ジャナ専1回生(現2年)の最後の講義。1時間ちょっとは2年間の講義の総括的な話と精神論みたいなのをギャグを交えて。課題として言っておいた2年間の授業の感想文を提出させた後、写真好きの“委員長”内山君が全員の記念写真を教室で撮ってくれ、4限目は事務室に断ってデニーズへ行き、久々に生徒たちと語らった。  女生徒ではリーダー格の角さんは芳文社に就職が決まり、そのせいかやはり一番明るい。いよいよ一人暮らしをするので、どこに住もうか、ゴキブリが出たらどうしようなどという話。また最後に2年生と生徒でどこか遊園地でも遊びに行こう、という話になる。  デニーズを出たところで皆と別れ、都電で王子経由で赤羽事務所へ。先日ハードディスクを入れ替えてからの再インストールや環境再構築の続き。もうこれで3日目だ。どうしてもLexmarkのレーザプリンタのドライバがインストールできなくて(エラーで終了する)、サイトから最新版のドライバ5メガ以上あるファイルをDLして再チャレンジしたのに、プリンタの機種選択では何と「オプトラE」シリーズはポストスクリプト用のドライバ1種類しかない。うちのはもちろんPSプリンタではない。どういうことだ? てなわけでお手上げ。(後にWINが勝手に認識してくれたヒューレットパッカードのプリンタドライバで代用している。どーなってんのよレックスマークスさんよぉ。)
1月某日
 家で朝食を食べた後、赤羽事務所へ向かう。今日は寒い。TVの天気予報によると昨日より所によっては10度違うという。事務所には小さいがガスストーブを入れてあるので、部屋の中は快適ではある。しかしパソコンが快適ではない。元HDD内にあるデータで復活不可能なのはメールデータで、これまでの旧アカウントの分も入れてバックアップ取れていないものがかなりある。ズボラこいてバックアップこまめにしてなかったからなぁ。しかし原因不明の旧HDDスネちゃった事件、もういい加減新しい環境で仕事を始めないと辛い。
 大和堂の渡辺さんと「ねこぢる通信」や復活青林堂の新刊予定表を取次に持っていかなければならないのだが、その文面に関してなどの打ち合わせ。
1月某日
 中野タコシェへ久しぶりに出かける。松沢さんに送った単行本の初稿の直し受け取りと、パルコさんを交えての来月3日のロフトプラスワン「SAVE THE GARO」の打ち合わせ。97年のガロ編集部クーデター事件に関して松沢さんが各方面から聞いたさまざまな情報が明らかになった。まぁ公にできないことも含めて。とりあえず、事件以降ほぼ初めてクーデター組の流したデマではない情報を、今回のイベントで被害者側から初めて語るということも意義あることなので、冒頭ちょっとそういう話から始めよう、とうことになった。
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