デジタルG編集長日記
1999−4

広末のiモードのCMのセリフ「ううん、ぎんこぉふりこみぃー」ってバカっぽくねぇか? 「ぼくどらぇもんー」とトーンが同じ。
4月某日
 当デジガロの花見が九段下で行われた。いつもの面々に初めての参加者も数名加わり、やまだ先生と15名ほどで桜の下、宴会。いやー久々に楽しかったです。幹事の馬さん(もちろんハンドルネーム)、お疲れ様でした。去年の花見は葉桜でしかも寒かったのだが、今年も夕方冷えてきたものの、桜は絶好のタイミングでようござんした。
 その後は高田馬場のカラオケに行き、わいわい騒いで帰宅。
 関係ないが途中トイレに行って帰る途中、都知事選に立候補しているドクター中松氏に会った。
4月某日
 青林堂から5月に発売予定のキクチヒロノリさんの「げだつマン」の打ち合わせで、キクチさんと赤羽で待ち合わせ。何で赤羽? というと、キクチさんは宇都宮線沿線だし、こっちは赤羽から二駅。都心で会うより全然近いというわけで。
 とりあえず駅前の喫茶店に入り単行本の話をいろいろ打ち合わせた後、世間話からロックの話になり、大盛り上がりになる。キクチさんとは2年振りくらいに会ったが、ガロ時代は担当ではなかったのでそれほどプライベートで話したことはなかった。だが同い年ということもあって、北海道と茨城と場所は違えど聞いていた音楽がほぼ同じでビックリ。ハードロックでも王道たるバンドはともかく、今どき「バロン・ロッホ」とか「プレイング・マンティス」なんつってツーカーの人いないよ(笑)。キクチさんバンドはやらなかったと言うが、あのルックスだからもしやってたらモテモテだっただろう。2時間ほど盛り上がって、次は一杯やりましょう、ということで別れる。
4月某日
 自転車を買いに近くのスーパーまで。冬は寒いのであまり気にしてなかったのだが、暖かくなってくるとやっぱり自転車がないと不便。赤羽に事務所があった時に、せっせと自転車通勤(体を鍛える意味もあって)していた。その事務所のあったマンションの駐輪場は住民といえども管理費を別に払って停めるという理不尽な制度があったのと、それも順番待ちだというので、いつもマンションのエントランス前に駐輪しておいた。ところが12月だっけか、ある日帰ろうと思って外に出たら、綺麗に自転車が無くなっていた。盗まれたのか、と思ったら立て看板があって、違法駐輪だから持ってった、金もってどこそこへ取りに来い、という。勝手に人の自転車持ってくなよ。通りの邪魔になるところでもないし、そもそもマンションの駐輪場は順番待ちだっつうんだから置けねぇ、つーの。
 プンスカ腹を立ててトボトボバス停まで歩いて帰ってからはや4ヶ月。どうやら3ヶ月くらいで処分されてしまうと聞いて、泣く泣くあきらめたわけ。21段変速のMTBで、バスと競争しても勝つナイスな奴だったのに。しかし今日自転車を買い換えてすっかり気に入ってしまった、あっはっは。前の自転車ちゃん、ごめんね。お世話になりました。
4月某日
 帰宅して留守電を聞くと、実家の母親から祖母が死んだという連絡。花やら手配はしておくから、帰って来ずともよい、心配しないで仕事に励め、ということ。いや申し訳ないです。
 数年前に亡くなった爺ちゃんに自分はずっと書道を教わっていた。(ちなみに祖父は八段だった、僕は余談もとい四段)近所の子や僕の同級生も一緒に習いに行ったりもしていたが、その際にはお菓子をくれたりと優しい人だとずっと思っていた。が、大人になって母親から、うちの母の実の母ではなく、爺ちゃんの後妻で、つまりうちの母の継母にあたる。母の妹はその後に出来た実の娘で、そっちをずいぶん可愛いがり、うちの母にはけっこう冷たかった、などといろいろ聞いた。それからこちらも避けるようになって、もう顔を合わせないで十年以上になる。
 しかしそういう事へこだわりはもう全然ない。ご先祖様の写真の前に線香を立て、手を合わせて冥福を祈る。
4月某日
 今日からゴールデンウィークの中日まで、函館の母の油絵4人展が開催される。本当は見に行ってあげたいが、何せ遠い。母は60を越えてから油彩を始めて、静物や風景、好きな猫たちを描いている。以前チラと見たら、素直でマジメな絵であった。

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