デジタルガロ編集長日記
1999−5
ねっ、「だんご3兄弟」ブームは一過性だったでしょ?
5月某日
久々に怒り心頭である。この日、漫画編集の先輩であるSさんが自宅にDTPに関して教えて欲しい事があるので、と遊びに来たのだが、Sさんによれば例の事件の後、彼らは今だに相変わらず自分たちの都合のいいシナリオを作家さんたちに流布しており、事件直後には僕の事もずいぶんひどい中傷・デマを吹聴したらしい。知り合いだった編集プロダクションの人…彼ら寄りの人間だが、そことSさんは今でも仕事上の付き合いがあるので、そこから聞いたとのこと。血圧がググッと上がり、今から金属バット持って殴り込みに行きたくなったがこらえる。Sさんは「ガロ関係の作家さんたちはほとんどインターネットやってないし、白取君の言い分だとか、本当の事は知らないと思うよ」と言われる。
何度でも繰り返す。ああした卑怯な方法で自分たちのエゴのためにガロを休刊に追い込み、作家さんやマスコミに「青林堂は乗っ取られた、もうダメだ」「自分たちが今後正当なガロの継承者」と吹聴。その後は作家さんに「青林堂はもう活動できない、本の版権を引き上げてこちらで出させろ」と工作。
S林K藝舎からは、旧青林堂から刊行されていた作品が続々刊行されている。それはいい。作家さんが版元から版権を引き上げ、それを他社から出版する。法的にも何ら問題はない。だがあんたら、畳の上で死ねねぇぞ絶対に。
5月某日
キクチヒロノリさんの単行本「げだつマン」の最後の原稿を受け取りに、赤羽で待ち合わせ。カバーの最終イメージなどを聞き、受け取ったイラストの配置や色の感じを打ち合わせる。今回は「何かヘン」な本がコンセプトなので、あえて装幀といってもバカなデザインが基本。こちらも話してて面白いし、盛り上がって左のような感じで行こうということに。さらに本表紙(カバーをとった本体の部分)には何かバカバカしいイラストを…というので話した結果、僕がキクチさんの要望でヘナチョコな和風イラストを描くことになった。いいのか俺で。
あとは後書きがFAXで入れば、原稿は全て入稿。本文にノンブルは貼ったし、描き下ろしのネームも貼り込み済。イッキに本文・表紙周りの作業にかかる。
5月某日
単行本のカバー、表紙、本文の目次や奥付・後書きといった文字部分をデータ化。MOに落とし、出力・製版をやってくれているアスカ製本印刷さんへ送る。これで一段落。キクチさんの漫画はガロの入選作「fruit」の圧倒的なパワーに惹かれて以来のファンだが、今回の「げだつマン」シリーズは復刊したガロの連載作「新世紀アダム好キー UFO解脱マン」「ウルトラメガパーフェクト」シリーズを一本化したもの。読んでいるだけで精神が引き込まれる独自の世界が展開されている。その何かヘンなストーリーに合わせた、何かヘンな本に仕上がったと思う。書店で見かけた方はぜひご購入を!
5月某日
9日、Save the GAROの2回目が新宿ロフトで行われる。ゲスト出演のはずが、司会を予定していた杉作J太郎氏が当日になって連絡とれず状態になり、急遽もう一人のゲスト・松沢呉一氏と二人で司会進行をやる事に。
今回の目玉は何と言っても丸尾末広画伯の代表作「少女椿」カバーイラスト原画の出品。みどりちゃんが手を合わせて微笑んでいる美麗な原画である。これは俺も金があったら欲しい〜!! という逸品。白熱したオークションの末、前回の最高落札価格(T治虫「虫の標本箱」)を上回る金額で落札! TORACOさん(仮名)、凄い。その他にも貴重な限定版や原画などが出品されたが、さすがに前回ほどの熱気はなく10時頃に終了。それでも来てくれたお客さんはそれなりに間近で原画が見られたなど、落札できなかった人もアンケートによると満足していただいた様子で良かった。
後で会場にいた某君に後でメールにて「白取さんのガロ作品に関する知識、あれは並じゃありませんね。いくら長年働いていたからといって、普通で身に付くものではないです。」という嬉しい言葉を頂く。
ガロ…青林堂という会社は当時(今も?)物凄く貧乏であると業界では有名で、実際我々編集者は信じられないような月給で経費もほとんどナシ、コピーは向かいのコピー屋にその都度走るという仕事ぶりだったから、自分たちで出来ることは全部やる、という主義だった。いや本当はやりたくなかったんですがしょうがなかったんですね。例えば毎月月刊誌を作るのだって、企画から普通の編集者のやる事は全部やった上で、普通は原稿を製版(印刷)所に出したら終わりなのに、我々は製版したフィルムを一度引き上げて、経費節減のために自分たちでフィルムを修正していた。本が出来たら今度は地区ごとに分けて取次さんや書店を営業して周り、帰ってきたら注文の品出しも自分でやる。返品で返ってきた汚れた本も自分で荷をほどいて綺麗にし、カバーをかけ直して注文票を挟み、あるいは箱に詰め、翌日には配送のトラックに自分で積み込むという事もする。つまり毎日のルーティンワークのほとんどが実は肉体労働だったわけ。その他に、編集者としての世間一般の仕事があった。その上漫画以外の頁の版下と呼ばれる原稿作りも、原稿書きからレイアウト、写真撮影、イラストまで僕の場合は自分でやった。好きだったからだけど。そう思わなかったらやってられんですけど実際。もちろん自分の場合性格的にも何でも自分でやった方がいいという気性ですから、それが合ってたのもある。ガロに関わったら、全てやりたい、知りたいという性格が、あのSave the GAROの時にも役立ったんですねー。苦労した甲斐がありましたねー。でも「若いときの苦労は買ってでもしろ」なんて言いますけど、あれ嘘ですねー。正確には「しなくていい苦労はしない方がいい」ですねー。
5月某日
テレ朝「朝まで生テレビ」にオウム真理教の荒木広報副部長と地域対策担当の2名が生出演するというので、梅酒を飲みながら観た。オウムといえば事件を起こす前から選挙の時のパフォーマンス(とりわけ選挙ポスターには参った!)で注目しており、一連の報道加熱が頂点に達した時期も、オウム関連のTVは片端から見て、ビデオ録画していた。ちなみにビデオは3倍で録ってあるが、120分のテープ5本になる。そういえばまだオウムが社会問題になる以前に、仕事で使うソフトを買いに秋葉原を歩いていたら新聞を手渡され、それをオウムのパソコンショップの新聞とは知らずに喫茶店でメシ食いながら読んでいたな。そこには知り合いの漫画家が「DOS/V仮面」というマンガを描いていて、その時は「へえ、こういう仕事もしてるんだ」と思ったのだが後でオウムの新聞と知ってギョッとしたことがあったっけ。
さて「朝生」だが、結局オウム側は麻原ら幹部の裁判は進行中のものも多いし、自分たちにもわからない事がある。自分らが転入する各地では住民に対してキチンと説明も情報公開もしている−という主張。観ていて、ある弁護士が言っていたように、要するにオウムが地下鉄サリン事件、坂本弁護士一家殺害事件などを本当にやったのかどうか、これは一部の幹部が確定しただけで、確かに教団全体が狂暴な犯罪集団であったかどうかは裁判の結果を待つしかない。これはしょうがない。しかし、あれだけの犯罪者…もしくは刑事事件の被告を大量に出しているわけで、彼らの「共通項」はたった一つ、「オウム真理教の信者(あるいは教祖)である」という部分だ。このことに関して、教団側は「組織」としての見解なり謝罪なり何なりが未だになく、ましては事件は捏造だの陰謀だのと繰り返していたのでは、住民が不安になるというのも仕方がないのでは。
つまり、覚醒剤密売や拳銃所持、明らかに非合法な集団たる暴力団は、地域住民にしてみれば「危険な集団」と認識されてもしょうがない。それと同じで組織の中から大量の犯罪者、刑事事件に関係した者を出した集団という事は事実なんだから、そういう団体が近隣に来たら困る、という住民の主張はもっともだという事。それと破防法という悪法の適用問題は別。丸く収めるには、まずは自分らの組織から大量の犯罪者と被告人を出している「事実」に対して世間にお詫びをし、地域住民にはそうした犯罪行為は金輪際行わないことを証明しなくてはならない。日本は法治国家だし(悪法も法)、信教の自由もある(オウムが目指してなしえなかった政治的権力を正当な手段で握った宗教団体だってある)。住民側とて「オウムだから近所に住むな」という論理は通らない。それは百も承知で「イヤだ」という感情で言っているんだから、その感情を和らげる努力はすべきではないか。