S P E C I A L   C O N T E N T S
◆超意識的漫画家・古屋兎丸INTERVIEW◆
Usamaru Furuya Interview
 1994年、僕が在籍していた当時の『ガロ』でデビューした古屋兎丸氏。デビュー作であり初の作品集の表題でもある「Palepoli」は、『ガロ』連載中から高い評価を受け、単行本も『ガロ』の純粋な新人としては驚異的な好調を記録し、今なお高い人気を博している。

 もちろん、その卓越した才能はすぐにメジャー漫画誌の目にとまり、彼は「Young Sunday」(小学館)に「ショートカッツ」を連載し、人気作家となった。一方、そうした路線とは一線を画す異色作「エミちゃん」(イーストプレス刊『Garden』に収録)を発表、その後もストーリー漫画の分野で今も意欲作を発表している。その創作活動は漫画界のみならず、アートの分野からも高い評価を受け、彼の人気は不動のものと言えるだろう。

 このインタビューは、アメリカで日本漫画を精力的に紹介している、Viz Communications Inc.より刊行されている月刊誌『PULP』に英訳されて掲載される予定のものであるが、今回『PULP』と古屋氏の厚意により、日本語ヴァージョンを掲載できることとなった。この才能溢れる作家の足跡と思考を、ぜひご一読いただきたい。

Webzine Digital-G 編集長
白取チカオ
※なお、本稿は発表媒体・対象に配慮して、人名・フリガナなどが一部英文になっています。
Usamaru Furuya Interview(2000/1/26 REC.)for PULP magazine(viz communications Inc.)

#1 「Palepoli」は漫画表現への入り口でしかなかった<UPDATE 2000/5/10>

#2 抽象から具象へ<UPDATE 200/5/20>

#3 CROSSTALK
「日本経済はオタクが支えている−
児童ポルノ規制法案が日本を失速させる」

<UPDATE 2000/5/30>


Shiratori(以下  「ガロ」というある意味特殊な雑誌からデビューして、そこから古屋さんは「Young Sunday」(小学館)という“ドメジャー”な雑誌に描くようになったわけだけど、その辺りからお話を聞かせてもらえたら。

Furuya(以下  そうですね…日本の漫画の事情というのも含めて、アメリカの方にわかりやすいように意識して話したいと思うんですが、「ガロ」っていうのはすごく作家性を重要視してくれるところで、つまり本人の描きたいものを一番大事にしてくれる、でもその代わりお金が出ないというメリット・デメリットがあった媒体ですよね。でメジャー誌へ行くと、日本の漫画の場合商業誌というのは作家一人で描くもんじゃないんですね。担当の編集者と二人で作っていく方法をとっているので、それが最初は戸惑いがありましたね。

  僕が「ガロ」で古屋さんの担当をしていた頃は、できあがったものに対しては「こうした方がいい」とか「次はもっとこういうのを」みたいなことは言ったけど、描く前から「こういうのを描け」とは言わなかったもんね。ていうか原稿料も出してないのにそんなこと言えない(笑)。メジャー誌の場合は容赦ないですからね、ネームの段階からもうダメ出しダメ出し、みたいな。
※注 現在刊行中のガロは原稿料が支払われています。

  そうですねー、ただ単純に自分が描いてったものが落とされるというよりも、担当と一緒に作っていくという意識が編集者の方に強いんで、そこに微妙な路線変更を強いられてくるというか…。僕が最初に描こうと思っていたものは、「Palepoli」を継承しつつ、もう少し軽いタッチのギャグを書いてみたいというのがあったんですけど。そうなるとどうしてもブラックなユーモアであるとか、差別ネタとか、宗教であるとか、そういった要素がどうしても入ってきちゃうんですよ。ところがそういうものは最初のネームの段階で切られていって、本書きの時には入らない、と。

  それがフラストレーションには…。

  フラストレーションにもなりますし、あと…何かそういう中で力を発揮できてる人は凄いな、と。つまり商業作家は商業作家の強さがあって、それは凄いことだな、と。商業的なところで自分の作家性を持ちつつやっていけるというのは、自分勝手に好きなことを描いていくよりももっと「強い」と思うんですね。受け入れつつ、なおかつ自分の意思も萎えずに通していくということが出来なくちゃ、日本の漫画界でやっていけないんだな、というかね。そういうところで負けずにやっていって、少しづつ自分のやりたいことが出せていくというか。だからまずは認められるように努力しないとダメなんだろうな、と思いましたね。

  そこらへんがおそらく「ガロ」出身の人にとっては第一の壁…というかステップになるんだろうね。

  そうでしょうね。「ガロ」というのは同人誌に限りなく近いものですから。

  「雑誌コードを持った同人誌」ね(笑)。

  うん、あと僕は美術をやっていて、その延長上の作品として漫画があったので、漫画家になるという意識はなかったんですね。だから商業誌に出て行くと漫画家になるためのステップを一から学ばないといけない。つまり商業誌に最初から漫画家を目指してデビューした人とはそこが決定的に違うところですね。ですから今でも人を使うことができなくて。例えば自分がアシスタントに行ってれば、使われることによって人の使い方とかこれぐらいの働きでこういうギャランティで…とかわかるじゃないですか。でもそういうのがわからない。だから人を雇えない、それが生産料が増やせない、と。

  なるほど。商業誌で成功するということは連載をもらってたくさんの枚数を描いて、つまり量産していくことなんですが、それには必ず複数のアシスタントが必要になりますからね。古屋さんの場合はもう一作一作全部自分でやってるから…。アート的な意味でもというか、本当の意味で自分の「作品」であるわけで、それがたまたま漫画の形態だったということなんですよね。

  ええ、そうですね。

  そこも決定的に最初から商業誌の漫画家を目指している人と違うところでもありますね。今、漫画は日本では巨大産業になっていて、漫画家を養成する学校もあるじゃないですか。そういうところではいわゆる作家性がどうとかいうことよりも、むしろ商業誌のシステム、漫画産業のシステムに最初から則って教えてるわけですけども。

  ぜんぜん違いますね。例えば「Palepoli」では“メタ構造”というのを意識していて、これは漫画の文法ではないですね。あと同じ4コマが並んでいる、というミニマルな形式を取ってるというのも、ミニマルというのは美術用語で、僕が美大で学んだものなんですが、「最低限の」という意味に使われることが多いんですよね。「ミニマルアート」といったら「最小限のアート」、と。だからドナルド・ジャットの箱が並んでる作品であったりとか。
 そういった意味で、最小限というのは4コマだろうと思ったんですけども。あと、ポストモダンというのが僕が大学生の時に流行った思想なんですけど、いろんな様式を…例えばポストモダン建築といったらロココ調とかゴシックとか近代建築とか、色んな様式を一つに入れ込んで作る、そういうのが思想的に流行りだったというのがあって。それを僕は漫画でできないかと思って、例えば過去の美術作品であるとか、漫画であるとか、最近の漫画であるとか、ありとあらゆる、まぁ主に漫画のパロディというものを取り込んでいったんですね。だから「いいお話を描きたい」とか、そういった漫画的な興味ではなく、どちらかというと美術的な興味を漫画に置き換えて作っていた、というのがあります。

古屋兎丸氏   うん、だから計算ずく、という言葉は当たらないかも知れないけど、全てが古屋さんの中では明確な理由付けというか、理屈というか、そういうものがあってやっている、と。

  今はある程度ストーリーを作る楽しさとかそういう漫画的な部分もわかってきたんですが、当時は漫画を描く根拠というものを自分の中に探さなくてはいけなかったんですね。「何で漫画なの?」というときに、そりゃあ小学生ぐらいの時は誰でも描きますけどね(笑)、大学出て24くらいになるまで漫画描いたことのない人間が「何で漫画なの?」というときに、根拠がいるんですよね。で、それをどこに見出すかというと、それまで自分がやってきた美術活動を足がかりに置くしかなくって。だから僕はコマ割は4コマしかできなかった、んですね。仮にストーリー物が描きたくても、コマ割が出来なかったですね。

  それに、そういったストーリー物、つまり普通の漫画的なものは取りたてて描きたいとも思わなかったし。

  そうです。

  そういった自分の中の作家性みたいなものの発露を見出す時に、漫画という方法論を選択したらあの形がベストだったと。

  うーん、ベストというか…

  「普通の漫画」にする必要はなかったという意味で。よくあるじゃないですか、小さい頃ちょっと周りよりも絵のうまい人は一度は漫画家を意識してあこがれて勉強して通信講座もあるし最近は学校まであるし…みたいなねえ(笑)。そういう普通の漫画家への「まんが道」。

  僕、それやったんですけどね(笑)。小学生の時は本気で漫画家になりたかったんで。ストーリー作って、手塚治虫みたいな絵柄で、手塚治虫の漫画通信講座、ってのを通信で受けてて。それに一生懸命送って、添削で返ってきてまた描いて、みたいに。あと小学校高学年から中学二、三年生くらいまでは、「少年キング」(少年画報社)の似顔絵コーナーがあって、そこは凄くレヴェルが高くてけっこう有名な漫画家が出てるんですよ。タナカカツキさんとか、聞いた限りで5人くらいの漫画家を輩出したコーナーで(笑)。そこで結構描いては切磋琢磨してました。あれが一番勉強になったかな。
<以下次回>(次回更新は5/20予定)

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