東京で毎年夏・冬二回行われる世界最大規模のマンガ同人誌即売会、「コミックマーケット(COMIC MARKET=COMIKE)」の夏開催、通称「夏コミ」に行ってきた。8月14・15・16日と、今年も暑い盛りに開催されたのだが、これは「お盆Obon」といって、学生にとっては夏休みだし、社会人にとっても比較的長期休暇が取れる時期、ということだ。
1976年に小さな会場からスタートしたコミケは年々拡大し、今では20,000サークル以上が参加し(参加希望サークルはもっと多く、参加の可否は抽選となる。この申込と抽選の時期も早い)、400,000人ものマンガファンが集まる巨大イベントになった。またアマチュアの同人サークルだけではなく、メジャーな作家も、出版社を含めた60を超える様々な企業も出店するから、これはもうマンガ業界全体の「お祭り」という色彩が強い。
さて会場となった有明ビッグサイトというところは、東京湾岸の広大な埋め立て地に、巨大コンベンショナルホールがガンガン! とそびえる、どこかの独裁国家みたいな無機質な場所だ。会場に近づくにつれ、会場方面からはガラ隙きの緑色の都営バスが数珠繋ぎになってこちらへ帰ってくる。フと信号待ちで隣を見ると、会場方向へ向かう同じ車体が今度はギッシリ満員。これが全てコミケへ行く客だと思うと、改めてよんじゅまんにんという数字に戦慄さえ憶えてしまう。
ここに日本全国から(いや、本当だ)集まった同人マンガファンは、一冊あたり普通は7−800円程度、高いものでも2,000円前後の同人誌を、多い人では数百冊! も買い込み、ワンダーフォーゲルよろしく背中にかついで長い帰路につく…というのは実はもう昔の話。今では大手の運送業者が会場で彼らの買い込んだ同人誌を自宅まで発送するサービスを提供している。運営側に聞いたところでは、車で来る客も依然多いけど駐車場へ入るまでが大変だし、今は買った同人誌をかついで帰らなくてもよくなったから、安価で確実なバスを利用する客も増えたという。
この年二回のお祭りのために、全国の中小の印刷業者はフル回転だ。ちなみに、マンガ同人誌印刷専門の印刷製本業者は全国にけっこう存在し、商業印刷(オフセット)よりも安価なシステム(軽オフやダイレクト製版)で同人サークルに重宝されている。また会場周辺の宿泊施設も超満員だ。泊まった客は全国から交通費をかけてここまで来たのだし、泊まるからには飯も食う。酒だって仲間と飲むだろう。今回車に会場まで乗せてもらった行き着けの飲み屋のマスターは、スタッフ数十人用の“仕出し弁当”の受注を受けて、ほくほく顔だ。不況ニッポンの中で、コミケはこんなところまで経済波及効果を及ぼしているんだね。
実は取材目的では今回が初めてのコミケだった僕は、取材申込の手続に並び、書類に必要事項を記入して提出すると、拇印まで取られ、腕章を貰った後、さらにデジカメで顔写真まで撮られたのには驚いた。まぁともあれこれで正式に取材者という事で再入場できた。運営側はもうこれだけの巨大イベントをこなすのには慣れているわけで、非常にこのあたりシステマチックという印象を受けた。さて、仕出し作業をするマスターとは後で落ち合うことにして、僕はカメラを抱えて会場内を歩き回ってみた。
客も絶え間なく押し寄せて来ている。一方会場から出て行く人はほぼゼロだ。コスプレをした若者達の姿も目立つようになってきた。コスプレというのは、日本ではもう普通の単語として定着しているのだけど、要するにcoutume playの日本人お得意の略語で、好きな漫画やアニメの登場人物の衣装やスタイルを実際に演じてしまうことを指すんだ。既に場内は相当に混雑し始めている。しかしこれでも初日で、夏休み中とはいえ平日の午前中ということだから、客の入りはまだまだということ。なるほど、一般客用入場口からは物凄い数の客たちが8列横隊(縦隊じゃないよ)で、途切れなく通路から続々と入り続けている。入口のエスカレータ4機は全て下り(つまり入場用)にされているのだが、これにびっしりと人が満載されている。まるで人の滝が滝壷に落ちているようだ。ここにたどり着くまでずいぶん入り口から時間がかかったろうに、マグワイアなら入場するまでに3本はホームラン打ってるぞ、と思ったよ。この日は晴天だったが、会場内は冷房が効いているはずなのに、この人の海のせいで、既にじっとりと汗ばむような熱気が渦巻いている。それでも、場内を歩くマンガファンたちの表情はすこぶる明るい。これから目当てのサークルに向かう楽しみ、年に二回の「ハレ」の場にいる昂揚感だろうか。
幸運にも抽選の結果ブースを確保出来たサークルには、机二つ分とその後ろのわずかな空間が割り当てられ、売り子が仲間と談笑しながら客を待つ。机の前でコスプレをして呼び込みをしているサークルもある。中にはきわどい網タイツで露出度の高いお姉ちゃんもいる。そしてそうしたコスプレガールの撮影目的だけのために来るカメラ小僧も多く、ちょっと可愛いお姉ちゃんにはアリのように群がり、カメラの砲列を向けてポーズを要求していた。そういやコイツら、取材でもないのにどうしてカメラ持って入れたのだろう。それとも取材許可を得た、記者なのだろうか。しかし、どうみてもコスプレカメラ小僧たち、業界の人間には見えないのが不思議である。僕もPULPに掲載するためカメラを向けようとしたが、好位置はそうした連中に押さえられており、全然いい写真が撮れなかった、読者諸君、すまんです!
さて、ここで即売されている同人誌の多くはB5判と呼ばれるサイズ(182×257cm)で、ページはおおよそ30〜100ページ程度。近年は、同人誌といえども表紙はカラーのものが圧倒的に多い。印刷製本の質も年々上がっていて、中にはデザイン的にも素晴らしいものも数多くあった。ヘタなプロよりも上手いし、センスがあるものも多い。またテレホンカードやラミネートカード、携帯ストラップからキャラクタ人形などの販売なんてのも増えたし、CG集をフロッピーやCD-ROMで同時に販売するマルチメディアなサークルも今ではごく当たり前だ。
これら同人サークルの発行する同人誌には、アニパロ(アニメーションのパロディ)系、創作系、ファンジン系、その他(小説や評論など)さまざまなジャンルがあり、女性向け・男性向けに分けられているものもある。男性向けではやはり創作・パロディ問わずポルノチックなものが多く、女性向けに多いのは「やおい」と呼ばれる美少年ホモセクシュアルものだ。
客は好みのサークルを黙々と巡回していく者、コスプレで会場内をただうろつく者、複数でアニメやマンガに関するウンチクを大声で喋り合いながら歩くグループなどさまざま。同人作家からメジャー誌で使えるのはいないか、と目を光らせている明らかな業界人もいた。実際、今の日本マンガ界ではアマチュアとプロの境界は極めて曖昧になっている。曖昧というより、作家側がアマとプロをうまく使い分けることも多い。昔のように、アマチュアはすべからくプロを目指すという時代ではない。こうして年に数回のコミケや、それに類したイベントで、自分たちの好きなマンガを好きな人に読んでもらえればいい、というアマチュア同人作家も、大変な数に上るのだ。
さて、このコミケという巨大イベント。全体としては、この手の言わば「同好の士」がこれだけ大挙して一堂に会する「お祭り」である割には非常に大人しく、淡々とした印象を受けた。マンガやアニメ作品が共通語として、10代から50代まで同じ話題が通用するマンガ王国日本なのに、まだまだ彼らは一般社会から見れば普通じゃない、つまり「相当なマンガオタク」ということにされている。国民的ということで言えば、例えばアメリカでは老若男女問わず野球好きという人はごく普通だろう。その人が野球場に実際に野球を観戦に行って、「変人・野球オタク」呼ばわりされることはまずあり得ない。日本では電車の中、レストラン、もちろん家でもほとんどの国民が普通にマンガを楽しんでいるはずなのに、コミケに対する一般人の認識というか評価のズレ、意識の差は余りに大きい。それはまぁ現状だから置くとして、であるならば、余計にコミケで仲間がこれだけの数集まったら、もっと盛り上がり、もっと一体感があってもいいと思うのだが…そうか、集まりすぎなんだ! これが小人数ならば、同じ趣味趣向の仲間として多いに共通のマンガやアニメの話題で盛り上がり、見解の相違に議論を戦わせ…となるのか。しかしここまで巨大になってしまうと、むしろそうした時期を超してこれを成熟と見るべきか。
先に触れたように、この世界最大のマンガイベントである「コミケ」の他にも、日本では中小規模の同人誌即売会が全国規模、あるいは地方規模で行われている。コミケが巨大化したがゆえの「静寂なるハレ」であるのかどうか。その辺りを確認するためにも、今度はもっと小規模な「祭り」を見てみたい気がした。
Chikao Shiratori from Tokyo,Japan
1998/09
|