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■PULPサブカルチャー特集掲載評論 for"PULP"(USA)■
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◆日本のサブカルチャーを考える −「ガロ」とコミックを中心に 日本における「サブカルチャー」の話をする場合、まず「サブカルチャー」という言葉そのもののニュアンスを考えておく必要があると思う。この拙文が「PULP」に掲載され読まれるアメリカでは、そもそも日本のカルチャーそのものがマイナーなのだから、そのサブつまり副次的な意味と捉えられるとますます意味が通じなくなってしまうからだ。つまり「メイン」となるカルチャーシーンに対する副次的な意味で言うならば、サブカルチャーという呼び方はふさわしくないのかも知れない。 (仰々しい書き出しで申し訳ないが、別に学術的な話をするわけではないし、特にしたくもないので、雑談だと思っていただければと思う。 このテキストを日本語でサイトに再掲載するにあたって、最初に執筆した際の「アメリカの読者向け」という前提は捨て、日本人の方へ向けてのもの、と意識させていただき、そんな感じに改稿・補講を加えました。) さて、辞書を見てみると、「サブカルチャー」とは「社会一般に広まっている伝統的な文化に対して、その社会の一部の特定の人びとだけの独特の文化。たとえば、若者文化・大衆文化など。下位文化。」(Shin Meikai Kokugo Dictionary, 5th edition (C) Sanseido Co., Ltd. 1972,1974,1981,1989,1997)…なあんて解説している。 現代日本において「社会一般に広まっている伝統的文化」とは何だろう? 「恥」とか謙譲の美徳、茶の湯や生け花だろうか。それとも歌舞伎や能といった伝統芸能かな。「一般に広まっている」ということでいえば、それらはただ単に存在が遍く認知されているという意味だけで、全ての国民に親しまれているということではないように思える。 そんなわけで「今・現在の日本社会」においてそれなりに近いな、と思う線は(伝統的かどうかは別として)テレビ(を中心にしたカルチャー)とコミック・アニメ(ゲームなども大きく含めた)かな、と思ったりする。 TVはまさしく社会一般に広まっている文化であるし、漫画はかつて漫画自体がサブカルチャー的なものだったけど、こんにち、漫画をごく普通に表現の一つとして楽しむ世代は、上は老年にまで達しようとしている。大人向けの教育や情報伝達の手段としても漫画が利用されて久しい。(「漫画でわかるナントカ」系が大人向けで出てからずいぶん経つ…)さらに、それらの中でさまざまな対象相手に「たこつぼ化」して細分化されてきた。 そんなわけであくまで個人的に考えて、「日本のサブカルチャー」というのは、もはや一般人から見た「異端」とか「キモいもの」などとしか呼べなくなってきたような気がしてしまう。 メインカルチャー=テレビや雑誌などのメディアが、その圧倒的な資金力と情報量で押しつけてきたとしても、何処吹く風で発信する(あるいは求める)独自の価値観=表現全般、ともっともらしく言い換えたりするか。まあつまり、それは音楽でもいいし漫画でも演劇でも小説でも写真でも、表現ならば何でもいいということで。 もちろんこの駄文が掲載される「PULP」は「漫画雑誌」なので、ここでは漫画を中心にそこらへんからJapanese sub-cultureについてちょっとだけ考えてみたいと思う。 サブカルチャー史についての研究書や紹介は、サブカルブームと言われた80年代以降も大量に発表されてきた。だが日本の「サブカルチャーそのもの」の定義、枠組みについては、時代によって変化するもので、時期が過ぎるとどうも今ひとつしっくりこなくなる。なるほどカルチャーってのは動いている、変化していくものなので、当然だ。 ある人は「ミニコミ・同人誌が流行った70年代半ばが現代日本におけるサブカルチゃーの転換期であった」と言っていたりする。漫画の世界でいうと、1975年に同人誌即売会の草分けである「コミケ(コミック・マーケット)」が発足しているのが象徴的か。つまり産業化し「マス」になってしまった「コミック」(略すと奇しくもマスコミ、となりますね)に対する、アマチュアのアンチテーゼ…というのは言い過ぎで、つまり、「俺らも発表したい」「発表するからには見て欲しい」が少しずつ大きくなっていった結果だ、と。 マスではなく個人の側が発信する…というスタイルの「一般化」で、そういう意味で言うならば、インターネット元年と言われる1995年はその後のサブカルチャー(敷居の高かった言論=活字の世界にシロウトが雪崩を打って参入…というより声を発しはじめる、後の個人WEBサイト〜ブログ言論への流れ)における紛れもない大転換期であったと言える。 (自分も90年代からネットをやっていて、まあ今さら「ネット、ネット」と言うのは気恥ずかしいのだけど、これも「パソコン」の個人への爆発的普及がもちろん背景にあったからこそ。パソコンとその周辺機器、CD-Rなど外部記憶媒体のデバイスが安く普及したことが与えた影響だって、ネット同様に無視できない。 このことによってネットだけではなくCD-ROM(最近ではDVD-ROM)に簡単に自分のイラストや映像を記録して発表したりできるようになった経緯をよく見て知っている。デジタル媒体は複製が容易でコストも安い、しかも元データと比べて劣化もない。最近のドライブはますます安価で高性能になっていて、自分もCD-Rはよく利用するが、最新のOSでは書き込み自体がサポートされており特別なライティングソフトも必要ないから、ファイルをCDにポン、とドラッグするだけで書き込みが可能になる。書き込み時間も非常に速い。ちなみにメディア一枚も数十円という安さになってきた。この簡便さというのは、いい悪いは別として、本当に一度体験したら後戻りはできないほどだ…) ところで21世紀を迎えた今、「ネット」と言う場合はもちろんインターネットを指すんだけど、90年代初頭まではニフティ・サーヴに代表されるようないわゆる「BBS」のことを指していた。特に、「草の根BBS」と呼ばれるパソコン通信愛好家が個人で開局したり、あるいは同好の士が集まってグループを作り運営するようなホストが全国にかなりの数、存在していたっけ。 それらのほとんどは現在のネットにおける掲示板やチャットのようなシステムしかなく、やりとりはもちろん文字によるもの。今にして思えばもの凄い軽いサイズの画像ファイルやソフト、手作りのツールなどを、ファイルを圧縮したり分割してアップするなどして、やり取りをしていた(のを、ちょこっとかじっただけだけど)。 こういうようなシステムの場合、BBSの規模が小さい分、閉鎖的になりがちとはいえ、かなりマニアックで濃い、それこそその道の「オタク」たちが情報をやりとりしていたから、これらも前述のように、後の「マス≧サブカルチャー化」に大きく貢献していたと言っていいと思う。 ちなみにニフティ・サーヴ(我々は「ニフ」と呼んでいた)はいわばこうしたBBSの巨大な集積体で、その中には会議室やフォーラム、パティオと呼ばれるさまざまなジャンル・趣味趣向で別れた「小部屋」が膨大な数あり、それぞれが熱い議論を戦わせたり、情報交換したりといったコミュニケーションの場になっていた(…のを、ちょっと利用していた。その道の猛者は知っている)。 世の中はマスコミが垂れ流す情報の本流の中で、一般庶民は右往左往させられている。そうした中で、TVが取り上げまいが、周囲の人間が全く顧みようともしまいが、それでも自分はこれが好きだ、これを追いかける…という姿勢。これが昔は「変わり者」「変人」果ては「変態」扱いまでされたわけで、すなわち閉鎖的な環境内で同好の志と価値観を共有するしかなかったのだ。実はこの「マスコミがどう言おうが、自分たちの価値観を信じ、貫く」ことこそが、「サブカルチャー」そのものである…と、思った。 NEXT-> |
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★この文章は米国の雑誌「PULP」の日本サブカルチャー特集(2001年)に掲載した評論の日本語原文を、版元のVizCommunications様のご厚意により、加筆の後、掲載させていただきました。
★日付や人物の肩書、版元その他の名称などは掲載時のものです。(敬称略) ★長文なので見やすい環境を設定できるよう、本文のみ文字の大きさを変えて読むことができます。 |
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